リンゴ色のシャンパン

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 もう、いいかな。と思った。それは、「今日はもう帰ろうな」でもあり、「もう、これ以上生きてもな」でもあった。きっと明日には忘れてしまっていることなのはわかりきっていたが、忘れたくないな、と思った。結局、忘れてしまうのだが。  ヤギ男は九十二点を取った。アリサの本名はヨシコだった。僕はヤギ男が歌い終わった数分後に店を出た。会計は三万二千円だった。ヤギ男はまだ飲むそうだ。 「お疲れ様―。ありがとー」  アリサことヨシコがエレベーターまで送りに来てくれた。両手で手を振る彼女に、片手で手を振り、片手で手を振った。ドアが閉まり、ゆっくりと降下する。外へ出ると空はうっすらと明るくなっていた。まだ客を捕まえようとしているキャッチの姿がチラホラあった。 「お兄さん、もう一軒どうですか?」 「お兄さん、最後、〆にどうですか?」 「お兄さん、お兄さん」
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