鹿しかいない

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僕はよく冷えたジョッキを取り出すと、ビールサーバーの前に立ち、入念にビールを注いだ。 鹿が声を掛けてくる。 「何か、アテになるやつはあるかい?」 「枝豆とミックスナッツならすぐに出せますが」 「煎餅はないんかい?」 「ないです」 「なんだ、それ?」 奈良から来たのだろうか。 初っ端からめんどくさい客が来たものだ。 鹿は黙って、僕の差し出したビールに口をつけた。 それから口周りに泡をつけたまま、煙草をくわえた。 「火、あるかい?」 僕はライターに火をつけ、煙草のそばにやった。 やがて彼の口の端から、煙が小さく漏れ出てくる。
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