第2章 薫の冒険

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 何がおかしい。咎人は腹が立ってレイモンドを睨んだ。レイモンドは何かを呟いた。歌を口ずさむように唇の間から漏れ出すそれは、咎人が怪物と化した夜に唱えられた呪文を彷彿とさせた。  よくよく耳を傾けると、それは呪文ではなく「なるほど」「そういうことか」「面白い」という言葉の連なりだった。「なるほど」ということは、レイモンドは青年から何かを察したらしい。  すると、レイモンドはパンと手をひとつ鳴らした。驚いた咎人とジョナサンは2人同時に後ろを振り返る。そして、背筋に寒い風が走る。  レイモンドの双眸が眩い煌めきを放つ。表情全体に「期待」と「恍惚」という名の花が咲き乱れる。すでに一般の御長寿の年齢を越した男が浮かべる笑みは、まさしく幼い子供が遊園地の乗り物に乗る前のそれだった。  レイモンドがこの表情になった時は、この後の事態の収拾が望めないほど最悪だ。従僕として働いたこの1ヶ月間で、よくわかった。
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