第2章 薫の冒険

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 咎人がパッと顔を上げた時、薫の身体が蔦に巻き付かれ上に引き摺られていくのが見えた。人狼化した咎人は、耳だけでなく目の力まで並外れてしまったようだ。暗がりでもはっきりと物や人が見える。  薫は光る刃物のようなものを持って、化け物相手に必死に抵抗していた。少し涙ぐんでいるのが見えたが、それでも武器を振り回して対抗する。  勝てもしない癖に、強気になっている青年が阿呆らしい。だが、先ほどまで泣き虫だった薫は、今では勇敢な青年に見える。  いよいよ血液に酸素が回り、頭の働きも少しずつ正常に戻ってきた。咎人はあることに気付いた。  先ほど薫が何か英語のような言語を叫んだ時、咎人は化け物の蔦から解放された。あの時何が起こったのか、今ではよくわかる。  薫の右手に光る、翡翠の刃。恐らく薫の魔術だろう。  不気味な容貌で暴力的な指名手配犯など、見捨てた方がよかったのだ。凶暴な男が死んで、自分だけ助かった方がめでたし、めでたしの結末であるのに。  咎人は、しかし、何故か不快ではなかった。
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