2ー⑷

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「ふう、対談自体はいい感じに書けたが、「塔」のことを避けるとどうにもぎこちなくなるな。……そうだ、谷地さんも月や星に興味があるようだったし、ひとつ宇宙の本でも探しに行くか」  流介は対談の際に谷地がジュール・ヴェルヌの本を探していると漏らしていたことを思い出し、ペンを置いた。絢の父親が営んでいるという古本屋に行けば、何か発見があるかもしれない。  流介は席を立つと、早速身支度を始めた。古本屋の場所はなんとなく覚えており、あてずっぽうで探しても見つけられる気がしたのだ。  ――絢君はおそらく、多近さんが亡くなったことを知らないのではないか。  もし古本屋で谷地の探している本が見つかれば、優秀な技術者を失った悲しみも少しは癒されるのではないだろうか。そんな事を思いつつ、流介は古本屋があるという末広町の方に足を向けた。                 ※  末広町の古本屋『言之葉堂(ことのはどう)』は、海岸沿いの道を日向坂のあたりで左に折れた所にあるという話だった。  流介が言われた場所でうろうろしていると、突然、背後から「あら飛田さん。また取材?」と聞きなれた声が飛んできた。 「あっ、絢さん。……ってことは、お家の古本屋というのは、このあたりですか?」 「そうです。すぐそこですからご案内します」  絢は朗らかに言うと、商いを営む建物が並ぶ一角に流介を案内し始めた。 「ここです。本を探しにわざわざ来られたんですか?」 「ええ、まあ。……ところで絢さん、古本探しとは別に、伝えたいことがあるんだ」 「私に伝えたいこと……ですか?」 「うん。……実はこの間、僕らを展望室に招待してくれた多近顕三郎さんが亡くなったんだ」 「え……」  流介が顕三郎の訃報を伝えると、絢の木の実のような瞳が大きく見開かれた。 「あの方が……亡くなった?……飛田さん、そのお話、店の中で詳しく聞かせていただけませんか」  絢が目で店先を示し、流介が頷くと絢は「さ、入って下さいな」と言って古本屋の――自分の家の玄関の戸を開けた。
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