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1ー⑴
「安奈、もう少し天馬さんの方に顔を向けてくれる?……そう、そのままじっとしてて」
亜蘭の指示通りに顔を上げ天馬の方を見た安奈は、そのままの姿勢でぴたりと動きを止めた。
「ちょっと時間がかかるけど、そこ日陰だから頑張って」
亜蘭が写真機から顔を離すと天馬と安奈は顔をわずかに写真機に向けたまま、一組の彫像のように美しく固まった。
安奈はいつもの和装に夜会巻きという目を引く姿で、一方の天馬も珍しく和装に身を包んでいた。共に日本人離れした美貌の二人だったが、特に天馬は驚くほど凛々しく男性の流介でも思わず見惚れるほどだった。
ぼちぼち蝉の声も絶え、空が少しばかり高くなりはじめた山の中腹、ここ碧血碑のあたりは若い二人の婚約時代を収めるのにちょうど良い風景だった。
流介は写真には詳しくなかったが新聞社には写真部があり、一枚撮るのにはそれなりの時間がかかるということは知っていた。
――それにしても高価な写真をわざわざ遠出までして撮るということは、ひょっとすると二人の結婚も近いのだろうか。
美少年と美少女が瞬き一つせずに立っている姿は絵のように美しく、二人を収めた写真が亜蘭の店に飾られでもした日には酒屋まで安奈を見に来る客がさぞ増えるに違いない――流介がそんなことを思ったその時だった。
「おう、誰かと思ったら天馬と安奈じゃねえか。二人ともえらく立派ななりでなにかあったのか」
下の方から聞こえてきた声にはっとして振り返ると、見覚えのある壮年の男性が只ならぬ威厳をまとった髭の男性と共に山道を登ってくる様子が見えた。
「――しっ、梁川様、実は今、二人の写真を撮っているんです」
亜蘭が言うと梁川様と呼ばれた男性――梁川隈吉は「お、おう。こいつはうかつだった。邪魔してすまねえ」と眉を下げた。
「エノさん、あれが俺の養子になる二人だ。どうだい、立派なもんだろう」
隈吉の傍らに立っていた男性は、背筋を伸ばしたまま「いい若者たちだ」と頷いた。
「隈さんの後を継ぐだけあって、実にいい目をしている……と、お嬢さん、その写真機はどこの何という写真機かな?」
いきなり写真機について聞かれた亜蘭は面喰ったように目をぱちぱちさせると「発売されたばかりのコダック社の写真機ですわ」とにこやかに返した。
「後でいくらでもお見せしますので、少しだけ待ってくださいな。あと少しで撮影が終わるんです」
亜蘭がそう言うと、ただならぬ威厳を感じさせる男性は「承知しました」と頷いた。
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