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1ー⑽
「なんでも地球以外の星にも生物がいるだろうから、そういった知的生物が地球に攻めてくるかもしれない、まずは火星あたりから軟体動物のような生物が来る小説を書いてみたいとのことでした。これからはそういう科学的な奇想小説がたくさん、世に出てくるかもしれません」
「小説と言えば、展望台で一緒に星を見た絢さんという女性のお家は古本屋さんだそうです。ひょっとしたら科学小説や奇想小説もあるかもしれませんね」
「ほう、古本屋ですか。もし機会があったらジューヌ・ヴェルヌの『拍案驚奇地底旅行』という本の原書があるかどうか見て来てくれませんか。日本語訳を読んで以来、向こうで出された物を読みたくなって仕方がないのです」
「わかりました。探してみます」
流介がそう答えると、古太郎は少年のような表情をこしらえ嬉しそうにうんうんと頷いた。
「それにしてもエレベートルといい大量のアーク灯といい、ほぼお一人で手掛けたとは思えないほど立派なものでした」
「多近君の頭脳と手際は素晴らしいものです。ゆえに彼を使いたがっている人物も多い。幸い私の所の居心地が良いらしく、よそに行くとは聞いていませんが……心配なのは彼をめぐるもめ事の方です」
「もめ事ですって?」
流介は古太郎の声に混じる不穏な響きを察すると、傍らの佐和に「ここは記録しないでもらいたい」と小声で指示を飛ばした。
「実は多近君には恋敵がいましてね」
「恋敵?」
「多近君は春花さんという会社経営者のお嬢さんと想い合っているのですが、その春花さんに多近君と同じ塾の同期だった青年が許嫁がいるにも拘わらず岡惚れしているのです」
「しかしそれでは本来の許嫁が黙ってはいないでしょう」
「だから面倒なのです。恋敵は多近君の才能も妬んでいて、何かと邪魔をしてくるそうです。私としては何か事が起きても困るし、かといって多近君が今の仕事に愛想をつかしてどこかよそに行かれても困る……というわけです」
「なるほど、それは頭が痛いですね。……でも私ごときが言うのもなんですが、もめ事になど煩わされずこれからもあの凄い才能を生かして欲しいですね」
「うむ、きっと皆がそう思っていることでしょうな」
古太郎は強く頷くと、卓に置かれたそば茶を一口すすった。
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