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2ー⑴
流介が再び「塔」のある空地に足を向けたのは、対談の記事をまとめ終えた翌日だった。
「やあ、この前の新聞記者さんではありませんか」
塔に近づくと、待っていたかのように扉が開いて顕三郎が姿を見せた。
「すみません、どうしても塔が見たくてまた来てしまいました」
「いえ、見に来てくれるのはとても嬉しいことです。また上がってみますか?」
顕三郎の誘いに流介は一瞬、考え込んだ。行為はありがたいがそうしばしばエレベートルを動かしてもうらうのはいかがなものか。流介が答えるのをためらっていると、塔の入り口から別の人影が姿を現すのが見えた。
「あら……お客様?」
人影は愛らしい顔つきをした若い女性で、流介に気づくと物珍しげに目を見開いた。
「ああ……さっき話に出た匣館新聞の記者さんだよ。また展望台を見せてあげようと思うんだが、いいかな」
「もちろん構わないわ。一緒に籠に乗りましょう」
流介は、ははあ、あの女性が谷地氏が言っていた「春花」さんだな。邪魔するわけにはいかないから、ここは遠慮するのが無難だろうと思った。
「いえ、あの僕は今日は……」
流介が角の立たない断りを口にすべく、知恵を絞っていたその時だった。
「多近君。君はエレベートルのような危ない物に、春花さんをのせるつもりかね?」
突然、背後から声がしたかと思うと、一人の髭を蓄えた長身男性がどこからともなく姿を現した。
「俵藤凌介君。僕は自分の作った物には自身がある。この高さならまず心配ははいらない」
「どうかな。まだこの国で電動エレベートルが実用化されたという話は聞かないぞ」
「私が乗りたいと言ったのです。仮に何かあったとしてもそれは私の我儘で会って多近さんのせいではありません」
春花に反論され、俵藤という男性は苦虫を噛み潰したような不機嫌顔をこしらえた。
「とにかくこんな気味の悪い塔に入るのは多近君、君だけにしてもらいたいね。昼間だけじゃなく、夜も電灯を灯して周りの人たちを怯えさせているそうじゃないか」
「あれは実験です。とにかくエレベートルやアーク灯の事に関してとやかく言われる筋合いはない。それに塔に入るは入らないは春花さんが決めることだ」
「事故を起こして泣きを見ても知らないぞ、多近……」
俵藤が捨て台詞めいた言葉を吐いた、その直後だった。
「俵藤さん、その人たちに構うのはやめて」
またしてもどこからか声がして、流介を含む三人の動きが止まった。
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