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2ー⑶
塔の周りは静まり返り、騒動の名残はひとつもなかった。
死体はおろか警官の姿すらない広場には、主を失った塔が墓標のように立っていた。
「……一体何があったんです、多近さん」
流介が呆然と塔を見上げていると突然、一階の扉が開いて見覚えのある人物が姿を現した。
「谷地さん……」
現れたのは、顕三郎の雇い主で支援者でもある谷地古太郎だった。
「記者さん、あなたも多近君をしのんでやってきたんですか?」
「ええ、まあ……」
「そうですか。残念な男を亡くしてしまいました」
谷地はそう言うと、がくりと肩を落とした。
「なぜ多近さんは塔から落ちたのでしょうか。……いや、その前に何者かに刺されたらしいというのは本当でしょうか?」
「本当です。短刀のような物で脇腹を刺され、もがき苦しんだあげく三階の窓から落ちたとようですね。身体を強く打ったことと、血が大量に流れたことが死の原因だそうです」
「なんという……エレベートルは動かなかったのでしょうか」
「警察の調べによると、三階で止まっていたそうです。おそらく不具合でしょう」
「やはりまだ完全ではなかったのですね」
「あるいは下手人が壊したか……これを見て下さい」
谷地が扉を開け放つと暗い一階の奥に傾いた籠が見えた。
「エレベートルもアーク灯もみんな壊れて使えなくなっています。ただならぬ恨みを感じませんか」
流介が「こんなひどい目に遭わされる理由が、なにかあったんでしょうか」というと谷地は「あったのかもしれません。私には想像もつきませんが」と大きく頭を振った。
「下手人はどんな人間だと思います?」
「たぶん……いや、私にはわかりません」
谷地は言葉を濁すと、口をつぐんで瞑目した。おそらく頭に浮かんだのは俵藤凌介であろう。だが二人の確執を知っている者が少なからずいる以上、警察も俵藤のことを調べているに違いない。素人があれこれ詮索するような事案ではないだろう。
流介が「早く捕まるといいですね」と当たり障りのない言葉を口にすると、谷地も「私もそれを願っています」とやり切れないという響きを含んだ声で返した。
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