2ー⑸

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「なんだか今日は若い客が多いな」  和綴じの本と洋書が半々の店内で流介たちを迎えたのは、丸眼鏡をかけた気難しそうな壮年男性だった。 「お父さん、この方は匣館新聞の記者さんです……飛田さん、父の乙葉寅吉(おとばとらきち)です」 「あ……どうもはじめまして。匣館新聞で読物記事を書いている飛田流介と言います」 「いらっしゃい記者さん」  流介が物珍しさもあって店内を見回していると、寅吉が突然「記者さん、新聞の記事を書くのに洋書や古文書まで目を通すのかな?」と尋ねた。 「いえ、実は人に頼まれた探し物がありまして。ジューヌ・ヴェルヌの『拍案驚奇地底旅行』と言う本の原書版なんですが……」 「ふむ、ヴェルヌの原書とはまた、変わった物をお探しですな。……ええと確か仏蘭西(フランス)から来た船員が売りに来ておったな……」  ――なんと、もう見つかるとは。  流介が感心していると、奥に引っ込んでいた寅吉が一冊の本を携え帳場に戻ってきた。「あったよ、地底旅行の原書でいいんだね?」 「はい、たぶんいいと思います」  流介が本を受け取り、代金を支払うと絢が「飛田さん、さっきのお話詳しく聞かせて頂けます?」と言った。 「ああ、もちろん。決して聞いて気分のいい話ではないけどね」 「わかってます。そこに椅子を出しますので少々、お待ちください」 「えっ、店の中にかい」 「どうせほとんどお客なんか来ないし、いいんです。……ね、お父さん」 「不届きなことを言う奴だな。……だがまあ、事実は事実だ。構わんよ」  寅吉が不機嫌そうに鼻を鳴らすと、絢はいそいそと店の空いた場所に椅子を置き始めた。                 ※ 「まさか、そんなことがあったなんて」  流介から死亡事件の顛末を一通り聞かされた絢は、目を伏せぽつりと漏らした。 「僕もまだ信じられないんだけどね。支援していた谷地さんていう社長さんもがっかりしていたよ」 「あの塔はどうなるのかしら」 「主がいなくなったらしばらくの間は空き屋だろうね。上にのぼる人がいなければ壊れたエレベートルやアーク灯を直しても意味がない」 「残念ね。あの素敵な風景が見られないなんて」  絢は唇を噛むと、遠くを見る目になった。おそらくあの星空を思い出しているのだろう。流介も同じ気持ちだった。 「でも犯人がいるのならできるだけ早く捕まって欲しいですわ」 「うん……まあそれは警察に任せるしかないね」  流介は頭にある人物の面影を浮かべながら言った。やたらに人を疑うのは褒められたことではないが、今の所思い浮かぶのはあの男しかいない。 「私もそのうち、捜査のお邪魔をしないようにお花を手向けてきます。辛いですけど」 「うん、それがいいよ。……じゃ、僕はこれで。ご主人、本を見繕っていただきありがとうございました」 「いや、商売だからね。原書の類なら、結構揃っとるよ。また来られたらいい」
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