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2ー⑹
流介は寅吉に一礼すると、店の外に出た。通りに出た流介は社屋のある方向を確かめようとしてはたと足を止めた。
「はて、どっちだったかな……」
末広町はよく訪れるが馴染みのある通り以外は正直、さっぱりであった。
流介が記憶を頼りに来た道を逆に辿っていると、ふいに背後から「飛田さん?」という女性の声が飛んできた。
「あっ……亜蘭君か」
「ここでお見かけするなんて、意外ですわ。ここ、私の幼馴染のお家の近くなんです」
「幼馴染?」
「ええ、お父さんの古本屋さんを手伝ってるんです」
「なんと、絢君と顔なじみとは。今、行ってきたばかりだよ」
「……どうして飛田さんが絢を知っているんです?」
亜蘭が目を丸くし、なんだか奇妙な雰囲気になりかけたその時だった。
「待ちやがれ!」という荒々しい声と共に若い男性と小さな黒猫がこちらに向かって駆けて来るのが見えた。黒猫は亜蘭の足元まで来ると、ぴょんと飛んで亜蘭の腰のあたりにしがみついた。
「あら、ポオ。こんなところまでお散歩?」
亜蘭はそう言うと、慣れた手つきで黒猫を抱きあげた。
「この泥棒……あっ」
若い男は亜蘭の手前まで来ると、目を丸くして足を止めた。どうやら黒猫を追いかけていたらしい。
「お嬢さん、その猫の飼い主さんですか?」
「そうですけど、うちのポオが何か粗相を?」
「ええ、まあ……その猫が魚を食っちまってね」
「魚を?」
「俺が昼のおかずに食べようと思ってた干物ですよ。弁当箱の蓋を開けた途端、さっとかっさらっちまいやがった」
「そうでしたの。うちの猫がご迷惑をおかけしました。お魚の代金は私が払わせて貰います」
絢がそう言うと、若い男は「……申し出はありがたいですが、その猫にも何かお仕置きをしてやらねえと気が済まねえんで」と歯を剥きだしながら言った。
「そう言われても、さすがにそれを見過ごすわけには……」
亜蘭が頬に手を当て考え込んだ瞬間、「どうしたんです、何かもめ事ですか?」と横から大きな声がして制服に身を包んだ巡査が流介たちの方にやってきた。
「いえ、あの……」
男が言いよどむと、巡査はその場にいる者たちを一渡り見回し「おや」と言った。
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