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2ー⑻
「さすが元侠客、警察より梁川様の方が頼りがいがあるわね、兄さん」
亜蘭がそう言うと、巡査は「いつも一言多いな、お前は」と呆れたように応じた。
「亜蘭君、その方はひょっとして君の兄上なのかい?」
流介が尋ねると、亜蘭は「ええそう。紹介するわ。兄の兵吉です」と言った。
「はじめまして、私は匣館新聞で読物記事を手掛けている飛田という者です。亜蘭君には事よく、取材のあれこれを助けてもらってます」
「新聞記者?……亜蘭、お前どこで記者さんなんかと知り合ったんだ」
「薬屋の大旦那と若旦那が飛田さんのお仲間なの。みんな猟奇事件が大好きなのよ」
いや、自分は仕事で事件を追っているだけで好きなわけでは……流介がそう訂正しようと口を開きかけた時だった。古本屋の戸がおもむろに開けられ、絢が通りに姿を見せた。
「あら、飛田さんまだこの辺りにいらっしゃったの。……いやだ、亜蘭じゃない。それに兵吉さんも。皆さん揃って どうなさったの?」
「亜蘭君とは偶然ここで会ったんだ。お兄さんとは初対面だよ。……というか、君たちはどういう間柄なんだい?」
目をぱちぱちさせている絢に流介が尋ねると、絢は「幼馴染です。ああでも、亜蘭が飛田さんと知り合いだったなんて一足遅かったわ」と言った。
「遅かった?」
「だってせっかく新聞記者の方とお知り合いになれてわくわくしていたのに、その前にもう亜蘭と親しくされてたなんて」
「特に親しいわけじゃないよ。それに親しくするのに後も先も……」
流介が絢に対し言い訳めいた説明をしていると、亜蘭が「飛田さん、本屋さんでのんびりされてるってことは記事にするような事件がないってことかしら?」といくぶん固い声で言った。
「とんでもない。今ちょうど大きな事件に関わってる最中だよ……あっ、そうだ」
「どうかしたの?」
「お兄さん、確か警察の方ですよね? 元町で塔から人が転落した事件をご存じですか」
流介が尋ねると、兵吉は驚いたように目を丸くした。
「ご存じも何も記者さん、そいつは今、僕が担当している事件ですよ。連日聞き込みをしてるんですが、疑わしい人間はいても犯人であるという決め手にはいま一つ欠けてましてね」
「やはりそうなんですね。そろそろ新しい動きがあるんじゃないかと思ったんですが……」
流介がため息をつくと兵吉は「まあ、そのうち下手人……殺人犯を捕えてみせますよ。巡査になった以上、警察の役目をひとつでも多く果たさなければなりません」と言った。
「わかりました。僕も亡くなった方を知っているし、納得行くまで調べてみます」
「では、本官はこれにて」
兵吉が立ち去ると、流介は「ええと、僕も会社に仕事が残ってるのでこれで引き上げることにするよ。じゃあな、ポオ君」と言ってそそくさと身を翻した。
「あっ、飛田さん」
「引きとめてもしょうがないでしょ。新聞記者って忙しいのよ」
「あなたが知ってるのは薬屋の旦那が出してる怪しい新聞でしょ?」
流介は二人の掛け合い背中でをやり過ごしつつ、頭の中で「事件、事件」と呟いた。
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