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「――ふう、石像になるのも楽じゃないな。……おや、梁川様ではないですか。ここでお会いするのは初めてですね」 「うん、エノさんが来たいってんで、連れてきたんだ。新しい写真機も見られたし、お蔭でいい散歩になったよ」 「……しかしあらためて見ると立派な碑だな隈さん。そろそろ土方たちの血も碧く染まっただろうか」 「そいつはわからねえな。ただここに弔われちまったら敵も味方も関係ねえ。どちらも義に殉じた武人の魂さ……ところでエノさん、確かめてえって塔はここから見えたかい?」  ――塔?いったい何の話だろう。  流介が二人の話に耳を奪われていると、髭の男性は「いや、森が邪魔して見えないな。おそらくどの角度から見ても建造を悟らぬよう、巧みに建てる場所を選んでいるのだろう。……さて、隈さんの後継ぎにも挨拶できたしそろそろ下りるとするか。ふもとで麦酒でも……と、隈さんは酒が駄目だったな。甘いものでもどうだい」 「俺は蜜柑でもありゃあ充分だ。とにかくどこかで足を休めてえな」  隈吉は天馬たちに「じゃあな」と言うと、髭の男性と共に山道を引き返していった。 「いやあ、元侠客(きょうかく)の親分だけあって梁川様の迫力にはいつも身がすくんでしまうな。一緒にいた旦那も品があってただ者ではない感じだ。……どこかで見たような気もするんだが」 「飛田さん、本当にわからなかったんですか?あの人は榎本武揚(えのもとたけあき)公ですよ。先の戦争で新政府軍と戦い、今や政府の要人となった大人物です」 「えっ、あの人が……?どうしてまたこんなところに」 「何かの用事で来たついでに友人の梁川様と旧交を温めていたのでしょう」 「へえ、そんな大人物が亜蘭君の写真機を見てる時だけは子供のような顔だったなあ」 「公は写真がお好きで今度、日本写真会という組織の会長職に就くらしいですよ」 「なるほど、碧血碑を見に来るつもりが、最新の写真機を見て思わず興奮したというわけか。好奇心の旺盛な人だなあ」  流介は大きく頷くと、二人が降りて行った細い山道をしみじみと眺めた。
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