2ー⑽

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「記者さん?……多近さんのことで何をお知りになりたいんですか?」 「あなたと多近さんは恋愛関係にあったんですよね?では俵藤さんにはどのような感情を抱かれていますか?」 「あの方のことは特に何も……沙織さんという許嫁の方もいらっしゃいますし」 「では俵藤さんがあなたに岡惚れしていてその挙句、多近さんを逆恨みしていたというようなことは?」 「それは警察にも同じことを聞かれました。私からは何も言えませんが、俵藤さんは多近さんのことをあまりよく思ってはいなかったいなかったようです。でも恨んでいたというのは違うのではないでしょうか」 「なぜそう思うんです?」 「俵藤さんが多近さんを恨んでいたとしても、それでの何が変わるわけでもないでしょう?多近さんにも俵藤さんを鎮められる手段はないわけですから」 「たとえば、その……おかしないい方になりますが、多近さんがもめ事から逃れるためにあなたのことを放り出したとして、そこに俵藤さんがつけこんでいたというようなことは?」 「ありません。もしあったとしてもそれは彼の自由です。それに彼が私のことを疎ましく思うことがあるとしたら、それは俵藤さんたちがどうこうといった理由より星や鳥に費やす時間をより多く得るためだと思います」 「まさか、あなたより星や鳥が大事だというのですか」 「あの人はそう言う人です。では私がそのことであの人を恨んでいたかと言えば、そうではありません。私はあの人の遠くを見るまなざしに憧れたのですから。強いて恨むとすれば、あの人の心を捉えて離さない星や鳥、あの塔に対してでしょうね」  春花は多近についての気持ちを語り終えると、口元に寂し気な笑みを浮かべた。 「わかりました。ありがとうございます。……あ、最後にもう一つだけよろしいですか?」 「何です?」 「多近氏が亡くなられた夜、あなたはどちらにいらっしゃいました?」 「……オルガンを演奏していました」 「オルガン?」 「私、楽器を少々嗜んでおりまして、あの夜は頼まれて元町教会でオルガンを弾いていたのです。時間は六時から六時半までと、七時から七時半までの二回です」 「あなたは演奏終了後に塔に行って、そこで多近氏の死体を発見された?」 「……はい」 「多近氏は演奏を聞きにはこられなかったのですか?」  流介が尋ねると、春花は目を伏せながら「誘ってはみました。ですが塔の方で夕方じゃないと見られない風景があるとかで、それを見てから駆け付けるとのことでした。がっかりしましたが、彼が行ってしまったので仕方なく気持ちを切り換えました」と言った。 「それで、彼は演奏中に戻ってきたのですか?」  流介が聞くと、春花は目を閉じ無念そうに頭を振った。
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