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3ー⑵
「あらご住職、飛田様とご一緒とはお珍しい。今日は意外な二人組のお客様がよくおいでになる日ですわね」
「……というと、他にも変わった組み合わせの客が?」
「はい、変わっているかどうかはわかりませんが、日笠様、飛田様もご存じの方たちが起こしになってます」
「ほう、ではご挨拶して行こうか、飛田君」
「そうですね」
流介と日笠が女将である浅賀ウメに誘われるまま座敷の奥へと進むと、鍋をつついている二人組の客と空中で目があった。
「あっ、住職。……それに飛田さん。ここで会うとは奇遇ですね」
奥の席で語らっていたのは英国人の貿易業者、ウィルソンと谷地だった。
「谷地さん……」
谷地は流介に気づくと、「君は……」と目を大きく見開いた。
「おや飛田さん、谷地さんとお知り合いなんですか?」
「ええ、まあ……」
「ちょうどいい、一緒に食事をしませんか。どうせならお昼もにぎやかな方がいい」
流介たちが促されるままウィルソンと谷地の前に腰を据えると、やってきたウメが小声で「住職、お蕎麦もよろしいのですが、実は新鮮なあれが入ったのです」と囁いた。
「ほう、それはいい……飛田君、これから出てくる物は私の大好物なのだが、ほんのひと皿なので見てみぬふりをしてくれまいか」
「見て見ぬふり?……いったいなんなんです?」
「まあ、出てくればわかるよ」
流介たちが待っているとやがて、ウメが小皿と醤油さしを手に姿を現した。
「おお、これこれ」
日笠が箸を手に見つめている小皿を見て、流介は思わず「えっ」と声を上げていた。
「住職、いいんですか烏賊なんて。たしかに新鮮な奴は甘さがたまりませんが」
「だからここだけの秘密なのだよ、飛田君。それにかの一休宗純にも密かに蛸を食べたという逸話が残っておる。……そうだ、そちらのお二方もいかがですかな」
日笠がウィルソンたちに烏賊の乗った皿を勧めようとした、その時だった。
「わ……わああ……」
「どうしたんです?谷地さん」
「す、すみません。私は烏賊や蛸がどうしても苦手で……どうかほかの皆さんで召し上がってください」
「はあ、そう言うことでしたか。では失礼して、そちらから見えないようにいただきます」
ウィルソンはそう言うと細く切った烏賊を数本、さっと醤油にくぐらせつるりと吸い込んだ。
「うん、実に甘い。烏賊や蛸は欧米でも苦手な人が多くいますが、私は平気です」
ウィルソンと日笠がもぐもぐと烏賊を平らげている間、谷地は目を背け小刻みに震えていた。よほど苦手なのだろう。
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