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3ー⑶
「ああ、うまか……えへん。女将、蕎麦を一枚、頼む」
日笠が何食わぬ顔で注文すると、ウメは「はい、いつもの奴ですね」と奥に下がった。
「ウィルソンさん、実はあの事件によって「塔」が壊されることになりました」
やっと顔色が元に戻った谷地が、目に切なそうな色を浮かべて言った。
「なんと、それは残念ですね」
「はい。火事の危険もあるので、雪が降る前に壊してほしいと言われました。私はあの塔から海や月や流れ星を見るのを楽しみにしていましたし、応援していただいた榎本公にも申し訳ない」
「しかし一人で五階もの塔を設計し、大工の指揮を取ってあっという間に建ててしまうとはその多近氏という人物、ただ者ではないですね」
ウィルソンが興味深げに呟くと、谷地は「まったくです。彼は様々な技術のみならず、武芸にも秀でていて半年ほど前、暴漢に襲われた時には刃物を持った男を苦もなく追い払ったのだそうです。私はひょっとしたら彼は星の世界から来てまた星の世界に戻って行ったのではないかと思うようになりました」と言った。
「星から来た男が星を見るために塔を建てた……と。幻想的ですな」
「はい。そのうち家の仏壇に『ミーティア』と書いた塔の形の位牌を置きたいとさえ思っているのです」
「なんですか、それは?」
「流星という意味です。まさに多近君は我々の中を流星のように駆け、燃え尽きたのです。幸い、私には手先の器用な知人がおります。津軽で刀鍛冶を生業としていた人物で、その知人に頼めば私の想像通りの位牌をこしらえてくれるのではないかと思っています」
「そこまで思い入れていた方が亡くなられてさぞ、お気を落とされているのでは?」
「はい。せめて彼を殺めた犯人が速やかに見つかってくれればいいのですが……」
「それについては既に警察も調べ始めているようです」
流介はやっと自分の出番が来たとばかりに、事件後の大まかな動きを語った。
「ふうむ……謎の多い事件ですな。いい機会です、ウィルソンさんと私、それに飛田君もいることですしここで事件の夜、何が起こったかを推理してみては」
日笠がそう言うと、突然、「でしたらそれを次の例会のお題にされてはいかがです?」とウメの声がした。
「なるほど、それもいいかもしれないな。どうです飛田君、ウィルソンさん」
「私は別に構いませんよ。……といってもすぐに手配ができるものですかな」
「あたくしがなんとか二、三日中に開けるよう、『匣の館』のご主人にうかがってみますわ」
ウメがそう応じると、日笠が「では、女将におまかせすることにしよう。飛田君、君が最も事件について詳しいようだから、お題の説明を頼んでもよいかな」と言った。
「え、ええ……」
流介はまたしてもえらいことになった、と心の中で頭を抱えた。これでは天馬と安奈も店の改装どころではないだろう。
「さあて、話もまとまったところで蕎麦を頂くとしようかな」
日笠はにこにこ顔で箸を割ると、目の前の蕎麦をほぐし始めた。
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