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「お待ちしてましたわ、記者さん」  若い娘らしい明るい色の和装に身を包んだ絢は、流介を認めると坂の上から大きく手を振ってみせた。 「飛田でいいよ。……それにしても本当に案内をお願いしていいのかな」 「もちろんです。私の勘だと元町教会の裏あたりを船魂神社の方向に行けば見つかると思います」 「そもそも、道がなかったりはしないのかい」 「ふふ、なければ分け入って行けばいいんです。簡単に行けない方が「秘密の塔」みたいで楽しい気分になりませんか?」 「ううん、そんなものかな」  流介はいったいどっちが記者なんだと呆れつつ、先に立って歩き出した絢の背を追った。  教会の裏を斜面にそってゆっくりと上がってゆくと、ほどなく奥に伸びていた小道が草木に吸い込まれるように消えているのが見えた。 「あっ、道がないぜ」 「道がないということは、この向こうが秘密の塔かもしれないってことですよね?日が暮ないうちに早く行きましょう」  絢はみっしりと生い茂った草木に手を伸ばすと、そのまま茂みの奥へ分け入っていった。 「参ったな。この子も安奈や亜蘭と同様、かなりの冒険娘らしい」  流介が絢のこしらえた踏み分け道を辿ってゆくとしばらくして突然、草も木もない円形の平地が目の前に出現した。 「あっ……」  畑一つ分くらいの土地に天を衝くように立っていたのは、教会の尖塔よりやや高い木造の「塔」だった。 「本当にあったんだ……」  山の中腹に突然姿を現した「塔」は、美しくも奇妙な見た目の建物だった。  高さは三十尺くらいであろうか、単なるやぐらではなく内部に間取りがあるちゃんとした建物だ。板壁にはめ込まれた大きなガラス窓の数から見て、たぶん五階建てであろう。一番上の階だけがやや小ぶりに作られているのは展望室ということだろうか。 「こんな塔が本当にあったんですね」  目を驚いたように瞬く絢に流介は「たしかに高いが麓から見えるほどではなく、八幡宮や碧血碑のあたりからかろうじて最上階が見えるという造りに「秘密」を感じるね」と言った。 「いったいどんな人が作ったのだろう……」  流介が塔に歩み寄ろうと足を踏みだした、その時だった。 「おや、道なき道を分け入っていらっしゃったお客様がいらっしゃるようですね」  突然男性の声で呼びかけられ、不意を突かれた流介は足を止め声の出所を探った。 「あ……」  いつの間にか塔の扉が開き、塔の前に長身の男性がこちらを向いて立っているのが見えた。 「あなたは……」 「これは失礼、私はこの塔の主で多近顕三郎(たこんあきさぶろう)といいます。職業は技師です」
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