1ー⑼

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「お代わりはようございますか」  古太郎の食欲を察したのか、厨房からこの店の女将である浅賀ウメが姿を現した。 「うん、もう一枚貰おうかな。薬味を大目にしてくれるとありがたい」 「あら、では薬味を奮発する代わりにあたくしの話を聞いていただけます?実はこの店も万博に少々、関わりがあるのでございます」 「ここが?それは聞きたいですね。……記者君、君も聞きたくないですか?」  いきなり水を向けられた流介は「ええ、まあ」ととぼけた返しをするのが精一杯だった。 「前々回の巴里万博の時……そう二十年ほど前だったでしょうか。まだこの『梁泉』が梁川様の料亭だった頃のお話です。百畳敷きの大広間に万博に出品する昆布などを並べまして、お偉い方が吟味なさっていました」 「日本が出品していたんですか。面白いなあ」  流介が思わぬこぼれ話に感嘆の声を漏らすと、古太郎が「私はね、もしかしたら日本でも将来、博覧会ができるようになるかもしれないと思っているのです」と言った。 「日本で万博ですか……百年くらいはかかりそうですね」  流介が唸ると古太郎が「どうかな女将さん。この店も会場の一つにしてみては」 「ようございますよ。あたくしも店に電灯を灯したらどうなるかを見てみたくございます」  ウメは楽し気な口調で言うと、「ではお代わりを持ってまいります」と厨房に姿を消した。 「塔と言えば先日、この匣館で面白い「塔」を見ましたよ」  自分ごときが話に割って入っては対談が台無しだと思いつつ、流介はつい見たばかりの「塔」の話題を口にした。 「ほう、どんなものです?」  古太郎と加七に同時に食いつかれ、流介はやむなく山の中腹で見た奇妙な「塔」の話を披露した。 「なるほど……その男性はおそらく、うちで働いている多近顕三郎君だね。近年はエジソンやその元で働いていた天才技術者ニコラ・テスラの影響でアーク灯とエレベートルを研究しているよ。その「塔」というのは以前、彼の雇い主だったブラキストン氏の影響で海峡を飛ぶ鳥を見たくてこしらえた展望用の塔に違いない」 「そう言えば、海峡を飛ぶ鳥と星空を高いところから見るのが夢だったと言うようなことをおっしゃっていました」 「彼の星への興味は私も共感できます。彼が好きだというジューヌ・ヴェルヌは私も愛読していますし私自身、英国で科学師範学校に通っているというハーバート・ウェルズ君という学生から愉快な奇想を聞かされて宇宙や星の話をもっと読みたいと思っている所なのです」
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