パスターカは呪いをかけられていたらしい

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パスターカは呪いをかけられていたらしい

 明け方近く。パスターカはグラリと屋敷が揺れるのを感じた。  あれ? 目眩かな?  ゆっくりとベッドから起き上がる。  部屋の扉がグニャリと歪んだ、気がした。  扉が歪んだのか、視界が歪んだのか、一瞬分からなかった。  ただ、部屋に嫌な空気が流れていることだけは確かだ。  パスターカはこの空気を知っている。  ワーカフリ城で感じた、全身にまといつく悪意。  それがなぜ、ナザの屋敷に?  意識がまた飛んでいるのか?  パスターカは咄嗟に自分の頬を、抓ってみる。 「いてて。起きてるな、俺」  ならば、悠長なことは言っていられない。  ナザやサリ、キトに伝えなければ。  扉も、窓にも、パスターカをじわじわと取り囲むように悪意が取り巻いている。  パスターカは近くの椅子にかけてあった着替えのローブを手にして、首から下げている浮遊石を握りしめた。  ナザ、ナザ、ナザ!  心に強くナザを思い浮かべる。   「パスターカ! こっちだ!」  声と共に、空間が裂けて手が差しだされる。  パスターカは自分にまとわりつこうとする悪意を振り払いながら、差し出された手を夢中で掴んだ。  フワリとパスターカの身体が宙を舞う。  グイと強い力で引っ張られ、次の瞬間、ドスンと身体が床に打ち付けられた。 「鈍臭いヤツだな」  眼の前のナザが、床に転がったパスターカを見下ろしながら毒づく。 「あなたがパスターカ君の手をこちらに引っ張って、突然手を放したんだから、遠心力で投げ飛ばされるのは当然でしょう。大丈夫ですか?パスターカ君」  そう言いながらサリが、理由が分からず床に転がったパスターカを抱え起こす。まったく  改めて見回すと、そこはナザの執務室。  既に、ナザ・サリ・カシリア・チル・キトが揃っている。 「気配に気づかずに、襲われる直前までぐーすか寝ていたのはお前だけだぞ、お前の強心臓には驚かされるぜ」   ナザがパスターカに冷たく皮肉を言う。  だが、パスターカは分かっていた。  これがナザの心配している、と言う合図なのだ。  心配しているからこそ、パスターカが出した「助けて」を受けてすぐ行動した。  ナザの助けがもう少し遅かったら、あの嫌な空気に飲み込まれていたかも知れない。 「ありがとうございます」  素直に頭を下げるパスターカに、サリが微笑んだ。 「気にすることはないよ、パスターカ君。私たちもナザが君を引っ張り上げている時に、この部屋に到着したんだから。館にいる他の者たちは、ナザが安全な別の館に飛ばしたんだ。だから今ここにいるのは、私たちだけなんだ」  サリの説明に、パスターカは首を傾げた。 「サリ、あなたの部屋にもあの嫌な空気が行ったんですか?」  パスターカは不思議だった。  あの逃れられない嫌な空気から、皆はどうやって脱出したのだろう。 「あれは、お前にかけられた呪いだ。意識化でワーカフリに行った時に貰ってきたんだろ」  事も無げにナザが言う。 「の、呪い?」  パスターカは腰の力が抜けそうになり、辛うじて足を踏ん張った。  呪術書では見たことがある。  呪いは知ってる。でも、まさか自分にかけられるなんて思いもよらなかった。  いや、かけられたとしても、もっとずっと先だと思っていた。  カシリアが申し訳なさそうにパスターカを見ている。 「気にするな。呪いなんてよくあることさ」  再び、皮肉げにそして僅かに悲しみを宿した瞳でナザがパスターカとカシリアに言った。  サリがそっとナザの肩に手を置いた。 「売られた喧嘩を買いに行くとしようか。とりあえず、パスターカの呪詛解除、という名目で王城には連絡しておこう」  なぜ自分に呪いがかけられたのか。  いつかけられたのか。  訳が分からないまま、パスターカはワーカフリに赴く事になった。  今度は、強力な仲間と共に。
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