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パスターカとキト
振り向いて笑い声の主を確認したパスターカがむくれた。
「なんだ、キトか」
「剣士目指してたのに災難だったな、パスターカ。魔法文官だったんだって?」
キトと呼ばれた少年はパスターカの肩をトンと叩き、短く呟いた。
「溶!」
瞬間、塩の山の上に勝ち誇ったように鎮座していたヌメランスライムは、見る間にドロリと溶けて地面に染みて消えた。
「何? 何? 今なんて?」
興奮するパスターカに、キトは笑みを浮かべる。
パスターカはいつだって、感情が素直だ。
「ヌメッとしたものを消すからって、『塩』はないよね。溶かしたいなら、それを念じればいいだけだろ」
「それもそうだけど……それは既にある呪文だから」
「新しい呪文を考えようとして『塩』なら、それはもう、絶望的にセンスがないよね」
キトの言葉に項垂れるパスターカ。
優しい言葉遣いのキトだが、本質を見る目を持っていて、発する言葉に容赦がない。
「それで? キトの職業は何だった?」
パスターカが尋ねると、キトはパスターカに職業カードを見せた。
キト・シャガード
魔法理学療法士、魔法作家
澄ました顔をしているキトに、パスターカが唸る。
「気持ち悪っ。おまえ、二つも職業取得してるの? 一つも受からないヤツもいるのに?」
昔から、キトは頭がいい。
パスターカの成績も悪くはないけれど、キトに勝てた事がない。その割に、キトが勉強する姿も鍛錬する姿も見たことがなくて、それもまた悔しさの種の一つだ。
シャガード家は代々魔法医学系の癒し手だから、理学療法士であるキトはシャガード家の立派な後継者と名乗れるだろう。
「すごいね。そして、良かったな」
家族の冷淡な対応を思い出して、重い気持ちになったが、元来気持ちのいい少年であるパスターカは、キトに喜んだ。
「僕は、魔法作家になりたかったからね。理学療法士はオマケと言うか……どうでも良かったんだけど。魔法作家で食べていけるまでの間、何かで食いつながなきゃいけないし。ちょうど良かったかな」
真顔で答えるキトの首を、一瞬だけしめようかな、とパスターカは思った。
「親は、なんて?」
「好きにしろってさ。家、別に家業に拘ってる訳じゃないから。自分の力で生活できれば何でもいいんだよ。だから、僕が早く独り立ちをしたいのは、作家のほうさ」
よく本を読んでいると思っていたが、作家になりたかったのか。
家業にとらわれないキトとキトの家族の考え方に、パスターカは思わず微笑んだ。
「頑張れ、キト。お前なら、絶対に売れっ子作家になれる!」
力強く言い放ったパスターカに、キトが苦笑を浮かべた。
「パスターカに言われなくても、僕は売れっ子作家になるよ。……と言うか、むしろ、君が頑張れ?」
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