魔法文官士パスターカ 1

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魔法文官士パスターカ 1

 ナザ、キト、チルにカシリア。それから、ビッグ・グレイ。  みんな、俺を馬鹿にしている?  俺を笑っている?   パスターカの脳裏に自分をあざ笑う仲間の姿が浮かんでは消える。  俺が足でまとい?  みんなに嫌われている?  俺が消えた方がいい?  心の中で逡巡し続けるパスターカに、ゾワリとする声が届いた。 「ソウダ、パスターカ。アイツラハ、オマエヲ殺スダロウ。先ニオマエが、アイツラヲ殺セ。ソウスレバ、オマエハ、二度ト笑ワレナイ」  笑われない……笑われない……笑われない……  パスターカに「笑われない」という言葉がリフレインしている。  ナザが冷たい目でパスターカを見て「バカモノめ! 」と吐き捨てた。  チルやキト、カシリアがパスターカを「何もできない奴」と指差し笑う。  心と体が鉛のように重い。  パスターカ! パスターカ! パスターカ!  不意にナザの声が自分の体中に染み込んで、弾けた。  実際の声じゃない。頭の中に、体に、心に直接呼びかける師匠ナザの皮肉げで暖かい声を感じる。  俺の仲間は、俺のことをそんな風にあざ笑ったりしない。絶対に。  俺の仲間を穢すのはやめろ。  仲間とは、殺し合う物ではない。  高め合い、尊敬しあい、助け合うもの。  俺は、知ってる。  皆の暖かさを。みんなの能力の高さを。  そして。  自分が落ちこぼれだってことも、誰よりも分かってる。  悔しくはないかって? 悔しいに決まってる!  だからこそ、俺は諦めない。  少しでも、みんなの為になることをするんだ。  落ちこぼれの俺を受け入れてくれたみんなの為に。  俺に語りかける、オマエ!  俺は、オマエに騙されない!  体と心の中になだれ込んできたナザの声と思いが、パスターカと一体化した。  熱い想いが大きく膨らんでいく。 「去・悪幻影・戻・現実(キョ・オゲンエイ・ライ・ゲンジツ)! 吹飛・呪魔・光還(スイヒ・ジュマ・コウカン)! 」  熱い想いは光となった。  パスターカの呪文と共に、パスターカの体中を光が巡り、オガノラの呪詛を消し去る。  パスターカは体と心が楽になるのを感じた。  自分の呪詛が解かれたオガノラは、驚愕に目を見開く。 「こんな落ちこぼれに、我が呪詛を解かれただと?」  パスターカがオガノラの前に立つ。  オガノラに臆せず、オガノラを真っ直ぐに見つめる。 「黒気包・絶望(コッキホウ・ゼツボウ)!」  黒い気流がパスターカに襲い掛かる。  パスターカの前まで来ると、雲散霧消した。  黒い気体が光の粒に変わる。 「なぜだ! なぜ、術が効かないんだ! 巨大吸血蜘蛛・襲掛・吸上気力体液!」  前脚二本を失って、藻掻いていた巨大吸血蜘蛛がオガノラの呪文で、大きな口を開け、簀巻きにしたサリやチル、キト、カシリアの気力と体液を自ら吐き出した糸によって、吸い上げていく。  吸い上げるごとに巨大吸血蜘蛛の体が大きくなっていく。  パスターカはその光景を悲しそうに見た。 「苦しそうだな。本当はそんなことしたくないんだろ。オガノラの呪文でそんな姿にされただけで、君は普通の蜘蛛だ。もうこれ以上はやめるんだ。俺の仲間たちは並の人間じゃない。これ以上吸血すると、君の命の保証ができないぞ。もうやめるんだ」  オガノラは巨大吸血蜘蛛に話しかけるパスターカを嘲笑った。 「馬鹿だな、コイツ! 阿呆面下げてモンスターに説教とはな。コイツが吸血した気力は、私の力になるのだ。コイツは私が作り出した私の下僕なんだからな、そんな説教、効くわけが……」  巨大吸血蜘蛛が唐突に吸血をやめた。  蜘蛛の体はパンパンに張ってこれ以上吸血が出来ないようだ。  巨大吸血蜘蛛の体が、うっすらと緑色に発光している。  サリやチル、キト、カシリアたちが囚われて尚、懸命に蜘蛛に術を送っているのだと分かった。   「もう、本来の自分の住処へお帰り。還然自・戻自姿・解呪詛(カンネンシ・レイジシ・ゲジュソ)!」  オガノラには目もくれず、優しい声でパスターカが巨大吸血蜘蛛に話しかけ、呪文を放つ。  巨大吸血蜘蛛から出ていた緑色の光が強くなり、弾ける。風船が針を刺した時の様に、巨大吸血蜘蛛の身体がみるみるしぼんで行く。  あっという間に巨大吸血蜘蛛は手のひらに乗るサイズになった。  パスターカが微笑む。 「君の呪詛は消えたよ。森へお帰り」  カサコソと蜘蛛は玉座の魔から出ていった。  パスターカは背後から、大量の憤怒が立ち上っているのを感じた。  改めて、オガノラに向き直る。 「弱虫小僧だと思って手加減してやったのに。なんだ、オマエは。なぜ私の術にかからない!」  顔を歪め、憤怒を隠しもしないオガノラから黒い瘴気が立ち上り辺りに散る。  パスターカは事も無げに答えた。 「俺の師匠と仲間が、弱虫で落ちこぼれの俺を守ってくれてるから」  強い瞳でオガノラを見つめるパスターカに、オガノラが怒りながら、嘲笑った。 「へなちょこが何を言う。仲間一人、助けられれないくせに! 蜘蛛一匹野に放ったからと言っていい気になるなよ!」 「貴方は可哀想な人だな」  パスターカがオガノラから目をそらさずに、言う。オガノラに一本近づく。  パスターカの気迫に負けまいとするが、オガノラは一歩、後退る。 「仲間はいつだって信じ合い、助け合うものなんだ!」
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