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かくしてパスターカは施術院室の常連となっていく
「ちっくしょう。どれだけいるんだよ」
「いや、物理的に鳥舎に押し込んだキミはすごいと思うけどね。ナザが言いたいのはそういう事じゃないと思うよ」
ガーデンバードに突かれて、傷だらけになったパスターカの治癒を行いながら、キトが言う。
二人はナザの家に住み込みで働くことになった。
同じ街だし通いでも構わない、と言われたが家族との関係を憂いているパスターカは、住み込みで働く事を即決し、キトはパスターカについてきた。
賢人ナザの家は王宮かと思うほど広い。
実際は狭いが、魔法空間を広げているという。
自分の部屋から食堂に行くまでも、毎朝迷う。
パスターカは空間感覚が優れているキトが側にいて、本当に良かったと思う。
パスターカに与えられる仕事は毎日変わる。
初日は倉庫への荷物運び。
荷物と言っても一つじゃない。
羊皮紙三百箱、インク二百箱、羽ペン百箱、薬草類五百箱……など数が尋常じゃない。
おまけに羊皮紙倉庫、インク倉庫、羽ペン倉庫など種類ごとに部屋が分かれる。
空間能力のないパスターカには、倉庫に行き着くまでに時間を要する。一つ一つの箱も重いし、疲労困憊で一日の作業を終えた。
ナザの執務室に業務終了報告に行くと、眉根を寄せてナザが尋ねた。
「一日中荷物運びをしてたのか?」
項垂れるパスターカ。
「はい」
「…………。施術室に行って治癒を施してもらえ。寝込まれも困るからな」
「あ、大丈夫です。力仕事も慣れてるんで」
素直に答えたパスターカに、ナザは机に突っ伏した。
「ナザ、君が気に入るのも尤もな子だね」
笑いながら入って来たのは、ナザの補佐官をしているサリナード・キシンだった。
サリナードはナザよりも四つほど年上の青年。
補佐官というが、サリナード自身、三賢人の一人でもある。学生時代に出逢ったナザと気があって、依頼ずっと一緒にいるのだと聞いた。
ナザ同様「様」付けで呼ばれる事を嫌い、ナザの屋敷で働く者には、サリと呼ばせている。
「パスターカのやることは、ナザにそっくりだからね。自分を見ているようでしょう」
サリの言葉にパスターカは驚いた。
そんな恐れ多いこと、あるのだろうか。
「俺はそこまで、鈍くさくねぇっ!」
ナザの言葉にパスターカは項垂れ、サリは微笑を浮かべた。
「そうかねぇ。パスターカくん、こんな言い方するけどこの人、君のことをそれはそれは心配しているんだよ。ソワソワと作業する君を何度も見に行ったりしてね。だから肉体を使った作業後は、必ずキトくんの治癒を受けるといい」
サリが穏やかにパスターカに命じた。
そんな訳でパスターカは連日、キトのいる施術院室を訪れた。
施術院室にはキトの他に二名の施術士がいる。
部屋の中は、施術士毎に個室となっていて、症状が重い人は院長のチル、中程度の人はカシリア、軽い人はキトと区分けされているようだ。
施術院室を訪れると、すっかり顔なじみになった院長のチルが笑う。
「また来おった。今日はどんな作業だったんだ?」
「放し飼いのガーデンバード千羽を鳥舎に入れる作業です」
「ヤツラ、気が荒いからのう。卵は美味いし、肉も上質なんだが、やたらに人に懐かぬしなぁ」
「そうなんです、だからやられ放題」
パスターカの返事にチルは破顔した。
なぜか側にいるキトが恥ずかしそうにしている。
施術院室でも、パスターカは好かれていた。
「ねぇ、パスターカ。作業内容考えて見たほうがいいよ。ナザが君に無用な体力仕事を与えると思う?」
「そうは言ってもなぁ……」
「サリが言った言葉、考えてご覧よ。肉体を使った作業後と言ったんだろ」
「…………。呪文で作業を終わらせろってことか? でもどうやって?」
「それを考えるのが君の仕事なんだろ!」
キトはのんびりなパスターカに対して、しっかりしろよ! とばかりに治癒の力を込めた。
いててて、と顔をしかめながらパスターカがキトに言った。
「やってみるわ、オレ。詰まったら相談しにくるわ」
パスターカの折れない心にキトが苦笑する。
「常連になるんじゃないよ。ここは施術院室なんだから、やたらに来るな、元気に一日を終えてこい」
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