呪文は何かと考える間に

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呪文は何かと考える間に

「パスターカ、呪文てなんだ?」  ナザからの突然の質問に思考が止まった。  呪文が何か?  そんなこと考えた事がなかった。  呪文は呪文。  黙ってしまったパスターカの頭をくちゃっとして、ナザが続けた。 「それを考えてみろ。そしたらお前の呪文も少しはマシになるだろう」  呪文は何かと考えることで、俺の呪文がマシになる? ますます分からない。永遠に解ける気がしない。 「考えて分からないなら、実践を積むことだ。まぁ、そのへっぽこ呪文が劇的に改善されるとも思わんが」  ナザは自分がつけていたペンダントを外して、パスターカの首にかけた。 「???」  ナザの行動の意味が分からず、キョトンとしているパスターカの表情を見てニヤリとする。 「オレの下僕の証だ。飾りとするかどうするかはお前次第。オレはこれからサリと王城会議に出掛ける。留守を頼むぞ。まぁ、お前にできることはたかが知れてるがな」  笑いながら、黒髪を靡かせ颯爽と歩き去るナザに、パスターカは慌てて頭を下げた。 「コレは、浮遊石じゃな」  キトと話そうと立ち寄った施術院室で、院長のチルが教えてくれた。キトはカシリアと薬草を取りに裏庭の薬草園に出ていて留守だった。 「瞬間移動が出来たり相手を飛ばしたり、自分が飛べると言われている石だ。てっきり巷の噂かと思っておったが、本当に実在するとは。しかもこれだけの大きさで」 「俺がそんな貴重な物を持っていていいのでしょうか?」 「そんな貴重な物をナザがお前にと言うているんじゃ。問題なかろ。」  ナザの想いを感じて、パスターカは石を握りしめた。そこへ、キトが飛び込んできた。  額に傷のあるぐったりした幼児を抱えて。 「チル! 屋敷の裏にアイスナイトが出現し、この子を含む数名がアイスソードの傷を負っています」  キトの話が終わらぬ内に、チルが傷の具合を確認し、治癒を始めていく。 「少年、よく頑張ったな、大丈夫だ。すぐに痛みも消えるからの。『血止(ケツシ)塞傷(サイショウ)痛去(ツウキョ)』」  治癒呪文を発しながら手際よく薬草を調合し、塞がった傷口に塗る。 「これでもう、痛みはないじゃろ。他の患者の治療が落ち着いたら家まで送ってあげるから、それまではここでゆっくりしとったらいい」  アイスソードで傷を負った人々が、その間にも運び込まれてくる。患者は6人。  パスターカは治療に追われるチルたちを見ながら、屋敷裏に走った。  怒り、殺気が白く氷の結晶となって白く立ち上っているのが見える。近づくと、裏庭樹木の剪定をしていた庭師のマージがいち早く気づき、街への被害を最小にするために、アイスナイトを裏庭に誘導していた。 「伸蔦・氷結身体捕縛(シンカヅラ・ヒョウケツシンタイホバク)!」  マージの呪紋で裏庭の蔦がみるみる伸び、アイスナイトに二重三重に絡みつく。  ところが、蔦はアイスナイトに触れた瞬間から氷つき、枯れ、砕け落ちた。 「棘貫通・蔓暴・砕氷体(キョクカンツウ・チョウボウ・サイヒョウタイ)!」  棘の蔓がアイスナイトの腹部突き刺さり、暴れる。アイスナイトの腹部に穴があき、亀裂が入った。砕け散るかと思われたが、アイスナイトが手を上げると、シュウゥゥゥと腹部の氷が気化し、穴が塞がった。飛び散った氷は矢となり、マージに向かう。  マージもパスターカも呪文を出す間もなかった。パスターカは、ただ、身体が動いた。マージを助ける。その強い一念が浮遊石に伝わったのかも知れない。気づいたらマージを庇っていた。  大きな氷の矢が自分の体に突き刺さる。  痛みより、マージを庇えた安堵がパスターカを包んだ。  アイスナイトを倒さなければ。呪文とは、強い気持ちの具現化。  街を、大事な人を、約束を守りたい強い気持ち。  手持ちの道具がなければ現せばいい。  それが、呪文。 「現大炎剣(ゲンダイエンケン)突刺(トッシ)切落(セツラク)燃落(ショウラク)氷騎士(アイスナイト)!」  意識を保てる間に、知っている「燃」「切」「落」などの既存の呪文と願いの言葉を組み合わせた。  頼む。俺の呪文。マージとこの屋敷の者を守ってくれ。  大きな炎の剣が現れた。ゆっくりとアイスナイトに突き刺さり、燃える。  アイスナイトが剣を抜こうといくら引っ張っても抜けない。アイスナイトは次第に溶け始めた。  大量の湯気が立ちのぼる。  マージが何かを大声で叫びながら、自分を抱え起こそうとしているのを感じながら、パスターカは暗い深淵に落ちて行く気がした。
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