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一ノ瀬クンが車の鍵をあける。
車内は結構綺麗、でもCDは散らかっていた。
エンジンをかけて、眼鏡をかけた。
いつも学校で見ている一ノ瀬クンが現れた。
運転の時は、要眼鏡なんだ。
オーディオからは聞き慣れた曲が流れて来た。
私がちょっと口ずさむと一ノ瀬クンも一緒に口ずさんだ。
なんだか落ち着く。
ずっと一緒にいたいなんて、彼を良く知りもしないのにそう思った。
今だけの、一時の感情なのかもしれないのに。
「今度一緒にライブに行こうよ」
思いがけない言葉が嬉しくて、でも何処までが本気なのかが解らなくて、
「うん」
頷いたままじっと前を見ていた。
私は大学で会ういつもの一ノ瀬クンとの事を、何故か急に思い出していた。
「おはようございま~す!」
まだ受付のカーテンが開いていないのに、大きな声が聞こえていた。
私は朝の朝礼中だったけれど、木村さんが私に目配せする。
朝のいつものルーティンの様に、私は朝礼の輪から外れて、受付に向かう。
カーテンを開けると、案の定そこには一ノ瀬クンがいた。
「おはようございます」
「ごめん。まだ勤務時間外だよね」
「いつもの事でしょ」
ちょっとしかめっ面をしてみたけれど、少しも怒ってはいなかった。
私はこの朝の時間が凄く好きだ。
前の日に嫌な事があっても、彼の顔を見ると楽しい気持ちになってしまう。
「一人の学生を特別扱いしてはいけません」
これが私の職場の合言葉。
この仕事を始める前は、そんな事はある訳ないと思っていた。
でも今はこの合言葉が嫌いだ。
態度には表していないつもりだけど、彼に会える事が私の楽しみになってしまっていた。
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