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 脈搏が以上に速い。溶け出した薬が血流に乗り、ものすごい勢いで全身を駆け巡る。そのまま意識がぐずぐずに溶け落ちてほしいと願ったが、何故か意識はいつまでもこの場所に留まり続ける。  心臓の音がうるさい。うまく呼吸が出来ない。指先の感覚がない。身体がとても冷たい。眼の焦点が合わない。耳鳴りが止まらない。いまこのとき、まっすぐ立てているのかどうかもわからない。  嘘だ。  嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。  眼に入る全てが嘘だ。鼻や耳に入るもの、肌で感じること全てが嘘だ。  そう感じろ。そう思うのは得意だろう。ずっとそう思い込んできただろう。ずっとそうしてきただろう。オレは自らに言い聞かせる。  でも、この感覚は覚えがある。現実に押し潰されてしまった感覚。自分の力が及ばないところで全てが起き、もう既に全てが終わってしまっていたという感覚。  これは、いま眼の前で起きている出来事は、全てが現実だと、経験と本能が告げる。  この心にのしかかる重い絶望感は以前感じたことがあった。姉さんが殺されたときだ。オレはいま、あの時と同じ絶望を感じている。 「先輩、大丈夫ですか?」  都桝さんがオレの顔を覗き込む。彼女が遠く、得体の知れない存在に感じる。距離をとろうとするが、背にある作業台がそれを拒む。オレはナイフを彼女に向ける。腕が震えている。その姿は酷く滑稽に見えるだろうけど、今はそんなことを考える余裕もない。 「あ、あ」  喉がからからに乾いてうまく声が出せない。いや、そもそもなにを言えばいいのかも思いつかない。でも、なにか言わなくては。オレは頭の中で必死に言うべき言葉を探す。 「き、きみのしていることは、身勝手な倫理観を振りかざした、ただの犯罪行為だ。正義なんかじゃない」  結局どこかで聞いた言葉しか出てこなかった。どの口が言うのだと思ったが、失笑する気にもなれない。 「ふふ、そうですね。先輩と同じです」  彼女は微笑みながら言う。 「そもそも君はなぜ、こ……」  突然思考が止まる。それと同時に言葉も止まった。  彼女はいま、なんて言った?  オレと、同じ?  オレはただ空っぽの人形みたいに、その場に立ち尽くすことしかできない。その間もずっと思考は止まったままだ。 「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。私は甘野ギスケのように先輩に危害を加えたりしません」  彼女はにこやかに微笑みながらそう言った。その笑顔からは、欠片の敵意も感じることができない。 「どうして、その名前を」  次に頭に入ってきた言葉も、また信じがたいものだった。なぜ彼女の口から甘野の名前が出てくる。彼女が奴を知っている筈がない。なのに、どうして。 「悲鳴を聞く趣味はありませんが、甘野は苦しめて、苦しめて、たあくさん苦しめてから処理しました。先輩のことを傷つけておいて、楽に死ねるわけありませんよね。あの男の断末魔は聞くに堪えないほど汚らわしく、その顔は害虫と呼ぶに相応しい醜悪さでした」  都桝さんの眼が重く、冷たく、暗い色を帯びる。それは甘野に対する明確な憎悪だった。オレは彼女の見たこともない表情に恐怖を感じる。 「ねえ、先輩は〝好きの正体〟ってなんだと思いますか?」  都枡さんは言う。オレはその言葉の意味がわからない。 「容姿や声が好みだから。その〝憧れ〟の中にも、自分がいないと、世話をしないと相手がダメになってしまうから、相手には自分が必要、もしくは自分にはこの人が必要。その〝依存〟の中にも、自分の運命の相手はこの人だ。この人以外は絶対に好きにならない。なる筈がない。その〝盲目〟の中にも、どのような〝好き〟の中にも内包されている、好きの本質。その正体。それがなんなのかわかりますか?」  彼女は一体なんの話をしている? 「私が思う好きの正体は、〝相手を知りたいと思う気持ち〟です」  都枡さんの発する単語一つ一つは理解できている。しかし、それが言葉という音の連なりになったとき、その言葉が持つべき意味が頭に入ってこない。まるで知らない国の言葉を聞いているようだ。 「自分の感性、本能がその対象の本質を求めている。対象を知り、それが自分に何をもたらしてくれるのか、どんな影響を与えてくれるのか、どう人生を豊かにしてくれるのか、どのように自分を変えてくれるのか、ヒトはそれを無意識に他人に求めています。もちろん知れば知るほど相手に幻滅して、嫌いになり、離れていくことも大いにあります。それは感性が合わなかったという結果であり、それもまた自然の流れです。でもそしたら、また新しい好きを探せばいい。好きに、終わりも際限もありません。自分に本当に合う唯一の存在を探し、知ろうとする心。これが好きの正体です」  彼女は恍惚とした表情で天を仰ぎ、踊るように滔々と語る。 「先輩に一目惚れをして、私は毎日毎日先輩のことを考え、先輩のことを知っていきました。人殺しの眼。纏う絶望的な雰囲気。復讐に取り憑かれた心。本当は殺したくないのに、人殺しを続けてしまう不安定な精神。お料理が好きなところ。お酒が弱いところ。友人を大事にするところ。本当は心優しい普通の男の人だということ。お姉さんを今でも深く愛しているということ。そんな全てが崩れそうな、危ういバランスで成り立っている貴方の本質を知れば知るほど、愛おしさは日々増すばかりでした」 「なんで、それを知っているの、なんでオレのしてきたことを知っているの? きみは、どうやって」  身体の震えが止まらない。作業台に手を着いて、倒れそうな身体をなんとか支える。頭の中には様々な疑問が留まることなく渦巻いているが、思考は一向に働かない。 「私はおそらく、先輩より先輩のことを知っています」  そう続ける彼女は、ポケットから小さな電源タップを取り出した。その電源タップには見覚えがあった。数時間前に部屋で踏みつけて転んだ、いつ買ったのか思い出せなかった、あの電源タップ。 「これは盗聴器です。随分前に先輩の部屋に仕掛けさせてもらいました。私が持っているこれは、尾寺が私の部屋に仕掛けていた物です。あんな男と同じ物を使用しているなんて甚だ不愉快でしたが、おかげであの男の行動を予想するのはとても容易でした。流石に今日アパートに尾寺が現れたときは、あまりに予想通り過ぎて、少々拍子抜けしてしまったほどです」  彼女は口だけで微笑すると、床に電源タップを放る。それは何回か床を跳ね、オレの足元に転がる。落ちた衝撃で端が少し欠けていた。 「私はこれで先輩の生活、行動を全て把握していました。先輩が私のアパートで目覚めたあの日、私は何も聞きませんと言ったことを覚えていますか? 聞く必要がなかったからです。全部知っていましたから。木澤を殺したことも、甘野を殺そうとしたのも、性犯罪者しか狙わないことも、白井先輩に怪我の治療をしてもらっていたことも、お姉さんが無残に殺されてしまったことも、その死んだお姉さんと毎日お話しているのも、毎晩ひどくうなされているのも」 「うなされている?」  なんだそれは。そんなこと、オレは知らない。 「おそらく殺人に対する罪悪感と強いストレスによるものでしょう。先輩は性犯罪者たちを害虫と呼び、駆除という名の殺人を繰り返してきました。そして、その行いを正当化して、何でもないようなふりをしてきました。でも、心の奥底では自らの行いを後悔していた。人を殺すことに抵抗を感じていた。害虫に罪悪感を感じていた」 「嘘だ。あんな奴ら、死んで当然だ。オレは殺したくて殺したんだ。後悔なんてない、抵抗なんて、罪悪感なんて感じていない」 「そう思い込んで、自らを騙し続けることで、その繊細な心を護ってきたんですね」 「うるさい、うるさい、うるさい!」  たまらず耳を塞ぐ。オレにはもう、癇癪を起した子どものように喚き散らすことしか出来なかった。 「先輩のうなされ方は、とても辛そうで、今にも消えてしまうようで、聞いているこちらが苦しくなるような、そんなうなされ方でした。そして、貴方はいつも泣いていました」  都枡さんがゆっくりと近づいてくる。その動作の全てが隙だらけで、敵意などまるで感じさせない。それが、オレの心を酷く掻き乱す。 「くるな」  オレはナイフを向け、精一杯の威嚇をする。しかし彼女は意に介した様子もなく、こちらに向け、ゆっくりと歩を進める。 「私は先輩の全てを受け入れます。先輩はなにも悪くありません。貴方は全て正しい」  その言葉は、その告白は、きっとオレの望んでいた言葉だったに違いない。大事な人に受け入れられれば、心が軽くなると思っていた。安心できると思っていた。でも、いまのオレが感じるのは、恐怖と嫌悪感だけだった。  都枡さんはいつの間にか、オレの間合いに入っていた、やろうと思えば、きっと一瞬で彼女を刺すことが出来る。でも、どうしても手が動かない。動いてほしいのかどうかもわからない。  不意に彼女の両腕が背中に回る。 「もう大丈夫」  都枡さんはオレのことを優しく抱きしめた。そして、まるで甘える猫のように、胸のあたりに顔を擦り寄せる。 「あなたはとても優しい人。善悪の区別がついて、他人を思いやることができて、少し危なっかしくて、そして、普通の幸せが似合う人」  彼女の身体と言葉はとても温かかった。そのたった一言で、感じていた悪感情が、意志とは関係なく急速に消えていってしまう。緊張が解けて、伸び切った腕がだらんと垂れ下がった。 「どうして、オレだったの?」  オレは力無く呟いた。 「私は正直、世界はそんなに悪くないところだと思っています。世界は助けを求めれば手を差し伸べてくれます。しかし、そこには必ず損得勘定が介在します。それはヒトにもともと備わっている防衛本能で、悪いことでも、恥ずべきことでもありません。誰だって進んで損をしようとは思いません。だから犯罪を目撃しても、見て見ぬふりをする。自分の大切な生活や身を危険に晒してまで、なんでもない他人を助けようとする人はいない。私はあの日、電車で痴漢に遭いながらそう思ってました。誰かに助けを求める気もありませんでした」  都桝さんはオレの胸に顔を押し付けたまま話し出した。その声は達観しているようで、それでいて、なにかを諦めているような、不思議で哀しげな響きだった。 「でも先輩は違いました」  彼女は声を弾ませ顔を上げる。その顔は少女のようにきらきらしていて、とても無邪気に感じられた。 「先輩は自らの危険も顧みず、私を痴漢から助けてくれました」 「あれは」 「わかっています。ただ痴漢が許せなかっただけなんですよね。でも助けられたという事実は変わりません。私にはそれが、とても嬉しかったんです」  都桝さんはオレの思考を先読みしたかのように、そう言った。 「初めて先輩の眼を見たとき、すぐに人殺しだということに気付きました。そしてその後、強い怒りと復讐心に囚われていることや、想像以上に危険で破滅的な生き方をしていることを知りました。このままでは近い将来、先輩は必ず酷い死に方をしてしまうと思った私は、いつからかあなたのことを救いたいと考えるようになっていました」  彼女の口から想像すらしていなかった言葉が飛び出す。オレを救うだって? その言葉はとても正気だとは思えなかった。 「オ、オレは、人を殺している。それも十三人もだ。オレはそれだけの人間を殺している。顔の形が分からなくなるほど殴り続け、死ににくいところを何度も刺し、謝罪も命乞いも聞かずに、全員痛めつけて惨たらしく殺した。そんな殺人鬼を救おうなんて、君はおかしい。そんな考え、どうかしている」  彼女はきっと正気じゃない。だからオレは、彼女が最大限の嫌悪感を抱き、拒絶を示すように自らの罪を詳細に告白する。 「六十六人」 「え?」 「私が今までに殺した人間の数です。大した数ではありませんよ。これ以上の数の人間が毎日死んでいますから」  都桝さんは、まるで『それがどうかしたのか』とでも言いたげな顔でオレの顔を覗き込んでいる。オレは直感的に思い知らされる。彼女は初めから、異常過ぎるほど正常だった。人は犯罪者には本能的に嫌悪感を抱き、その存在を拒絶するに違いない。という考えが、先入観による思い込みだと錯覚しそうなほどに。 「おこがましいですが、私は先輩を救う方法を考えました。考え続けました」  その必死な物言いに、オレは単純な疑問が浮かぶ。 「オレはきみを痴漢から助けただけだよ。たったそんなことで、どうしてそこまでするの?」 「たったそんなことで、人は人のことを、本気で好きになるんです。それが人間なのです」  彼女はじっとオレの眼を見据えて手を握ってくる。その手は温かくて、柔らかくて、強く握ったら折れてしまいそうなほど小さかった。人を殺したことがあるなんて、いまだに信じられないくらい小さな手だった。彼女の体温で、オレの身体と意識の輪郭が取り戻されていくのがわかる。 「そして人間は、とても些細なことで人を傷つけたりもします。私はもうこれ以上先輩に傷ついてほしくないのです。もうあなたは十分すぎるほどに傷つきました」  都桝さんは手を離すと、崩れそうなオレの身体を支えるかのように強く抱きしめそう言った。 「復讐を果たしても心が晴れないのは心理学で証明されています。復讐は身も心も滅ぼしてしまいます。先輩がそんな風になってしまうなんて、そんなの、嫌です」  彼女は、オレの胸に顔を埋め、震える声で呟いた。 「でも、そんなことをしたって、きみに何の利益もないじゃないか」 「先輩に幸せに生きていてほしい。それだけで私は幸せなんです」  胸の内に奇妙な冷たさが広がっていく。そのときの心象は、どこか後ろめたさを感じたときの感覚によく似ていた。けれど、何に後ろめたさを感じているのかはわからない。 「そんなの無理だよ。罪には罰が必要だ。オレは人を殺した。罪を犯した。オレが殺した奴にだってきっと大事な人がいたはずだし、誰かにとって大事な人だったかもしれない」  害虫と呼んできた奴らをちゃんと人間と認識していた事実に、オレは今更ながら気が付いた。奴らに感じていた怒りは本物だったし、それは今も消えていない。でも、高里が抱きかかえていた、あの女の子の顔が、ずっと頭から離れない。 「もう、人殺しなんか、したくないよ」  口を突いて出た言葉にオレは自分で驚いた。しかし妙に納得してしまう。きっとこの言葉は、無意識の更に奥の、一番柔らかい部分から出た本音だった。 「そうです。それでいいんです。それが普通です。それが、正常です」  都枡さんは優しい声色で言う。 「でも世の中には死んだほうがいい害虫が沢山いる。オレが殺さなきゃ、誰か罪のない人が犠牲になってしまう」  そうやって今まで何度も言ってきた言葉を、馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す。オレは幸せになること、普通になることに、後ろめたさを感じている。人殺しが幸せになっていいわけがない。それが常識だ。 「大丈夫です。先輩の代わりに私が性犯罪者たちを殺します。先輩の前に立ちはだかる障害は、全て私が排除します。あなたに人殺しは似合わない」  身体中の血管に氷水を流し込まれたかのような強烈な寒気を覚え、思考が一気に現実に引き戻される。オレは彼女の肩を掴むと無理矢理胸元から引き剥がし、その顔を真っ直ぐ見つめる。 「駄目だよ。そんなの絶対駄目だ」 「なぜですか? 私は人殺しに罪悪感を全く感じません。私が殺せば先輩は殺さずに済む。あなたは幸せになるべき人です。もうこんなことをする必要はないんです。失敗なんかしません。メイクを始めてから自分の容姿が思いのほか他人に好意的に受け取られることを知りました。これを利用すれば、きっといままで以上に殺しが楽になるはずです。これも、先輩のおかげです。あなたが私に与えてくれたものです」 「違う。きみをオレの個人的な復讐に巻き込むわけにはいかない。きみだって」  きみだって幸せになるべき人間だ。そう言おうとしたが、いつの間にか溢れ出ていた涙に言葉が堰き止められる。頭の芯が痺れるように疼いている。 「これは私のわがままです。私はただ、先輩が生きていてくれればそれでいいんです。それが叶うなら、性犯罪者が何人死のうが知ったことではありません。私が、みんなみんな殺します」  彼女は眼を輝かせている。自分の考えに絶対的な自信があるのだろう。  確かに、オレの復讐を遂げるという点では、これが考えうる限りの最善だと思ってしまう。でも、それはただ彼女に罪を重ねさせてしまうだけではないのか。そもそもオレはなにをしたかった? 本当に姉さんの仇をとりたかったのか? 復讐という名目で破滅的な生き方をして、死ぬか殺されるのを待っていただけなのではないか。オレは、一人の女の子をただ不幸にしようとしているだけだ。なら、こんなこと今すぐやめてしまえばいい。でも、こんなことで諦められる程度の復讐だったのか? そんな簡単に捨てられるものだったのか? 様々な答えの出ない思いが、頭に浮かんでは消えていく。脳がどんな答えを出すことも拒絶している。 「大丈夫。なにも心配いりません」  都枡さんは甘く、落ち着く、優しい声色でそう言った。  もう、彼女を止めることは出来ない。直感的にそう悟った瞬間、オレは都枡さんを突き飛ばしていた。そして辛うじて手の中に納まっていたナイフを強く握りなおすと、満身の力を籠め、彼女の胸に突き立てた。  ナイフはなんの抵抗もなく、まるで吸い込まれるように都枡さんの胸に突き刺さった。 「あ」  きっと予想だにしなかった行動だったのだろう。彼女はそう漏らすと、よろよろ数歩後ずさった。白い作業着の胸元がみるみるうちに赤く染まっていく。  もしかしたら、彼女を止める別の方法があったのかもしれない。でもオレの頭には、もうこれしか思い浮かばなかった。後悔がすぐに襲ってくるが、これで良かったんだという安堵感も同時に覚える。  もしかしたら本当の害虫はオレたちみたいな人間のことを言うのかもしれない。害虫は他者に害を振り撒く。そんな存在は生きていてはいけない。彼女を殺した後、このナイフを自らの頭に突き立てて、一番の害虫を駆除しよう。そうすれば、もう何も感じずに済む。  そのとき、ふと姉さんの言葉が脳裏をよぎる。 「もっと、ヒロくんと生きていたかったな」  ようやくその言葉の意味を理解する。あれはオレが姉さんの側に行ってしまうことへの暗示だったんだ。でも、そんなことに気づいても、なにも変わらない。もう全部どうでもよかった。  まだ明滅は繰り返している。赤いシミはどんどん大きくなっていく。きっと間もなく彼女は死ぬ。オレが殺してしまう。  大丈夫。きみを一人では行かせたりはしない。オレもすぐに行くよ。  そう言うつもりだったが、口から出た言葉は、用意していたのとはまるで違うものだった。 「都枡さん。オレは、きみが好きだよ」  胸にナイフを突き立てられた異様な状況でも、彼女は変わらずに笑った。まるで天使のような、溶けてしまいそうな笑顔で。 「はい。私も、先輩が大好きです」
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