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 私がずっと続けてきた二つのこと、一つは勉強。もう一つは殺人だった。  初めて人を殺した時のことはよく覚えている、脅威が去ったと実感した瞬間、身体と頭がそれまで感じたことのない深い安堵感に包まれた。自分の行いは間違っていないと思えたのと同時に、一つの難問が解けたような解放感を感じた。  殺人が悪いことだと思ったことは一度もない。溜まったゴミを燃やすのに感想など持たないように、ただ私は、私に対する脅威だけを過不足無く排除し続けた。  私は私の手で人生を終えたい。  私が私として生まれた時点で、その権利は私にだけあるのだ。他人に勝手に終わらせられるなんて絶対に嫌だった。  だから正直、誰かのために生きる人間を無知で愚かだと見下していた。  人はどこまでも個人的で孤独な動物だ。自分のためだけに生きないなんて、そんなもの、自らの人生の責任を放棄していると同義だと、自分に対する最大の冒涜だと本気で思っていた。自分のためだけに生きることこそが人間の正しい姿だと思っていた。  家族の為、恋人の為、友人の為、全てが詭弁で自分の人生の責任の放棄だと思っていた。  そんなとき、先輩に恋をした。自分の中に、まだこんなにも多くの知らない面があることにとても驚いて、私は初めて自分自身を把握できなくなった。それくらい常に思考が混乱してしまった。  でも、その過程で私は、誰かのために生きるという行為の意味を理解することが出来た。   愚かで無知なのは私の方だった。私はまだまだ未熟な子どもだった。  そしてようやく、今まで私のしてきたことを誰かのために役立てる時が来たのだと思った。  初めて恋をしていると自覚したのとほぼ同時に、ある疑問が頭に浮かんだことを覚えている。   恋の終わりとはどこだろう?  恋人関係になれたとき? あるいは婚姻関係を結んだとき? それとも失恋したとき? はたまた永別が訪れたとき? 何処かに答えが存在する筈だと思った私は、時間の許す限り、世界中、古今東西の映画、漫画、舞台、歌、小説等、恋物語と呼ばれる作品に手当たり次第触れてみた。  結論から言えば、作品の数だけ答えがあった。物事には必ず唯一の正答がある。という私の信念からすれば、それは受け入れ難いものだった。  だから関連性を、法則を調べた。私だけが納得できる正答でよかった。私は頭の中で、今まで眼にした作品たちの内容を細かく分解してゆき、共通点を探した。そして、意外にもあっさりとそれは見つかった。  恋は〝相手の心を自分のものにしたと感じた瞬間〟に終わりを迎える。そして、また新たな関係性が始まる。それが私が導き出した結論だった。  その結論を認識した瞬間、私は思わず、ユリイカと呟いた。そしてまた、新たな問題が提示される。  私の心はもう先輩だけのものだ。そこにはどのような疑問も生じ得ない。ここで提示された問題とは、どうしたら先輩の心を私のものにできるか。ということだった。  やがて私は至極単純な答えに辿り着いた。  想像ではもっと鋭い痛みだと思っていた。しかし、実際に刺されてみると、それは予想していたよりもずっと重く、鈍い痛みだった。そしてなにより。 「熱い」  私は胸元から溢れてくる血を眺めながら、呟いた。 「あ、ああ、都枡、さん。ご、ごめん、なさ……」  ほとんど突発的な行動だったのだろう。先輩は酷く狼狽えていた。異様に震え、呼吸が荒く、眼の焦点もあっていない。立っているのも辛そうだ。先輩のそんな姿を見るのは忍びない。本当は今すぐ抱きしめて、本当のことを伝えたい。  私は死にません。と伝えたい。  そう、こんなもので私は死なない。たしかにナイフは間違いなく皮膚を突き破り、私の胸に深々と突き刺さった。出血もあれば、もちろん痛みもある。だけど、それだけだ。刃先は骨の隙間に入り込み、太い血管も、心臓をはじめとする内臓も、一切傷つけてはいない。もちろんそれは、偶然でも幸運でもない。  多くの人間は暴力を振るい慣れていない。だから、なにかアクションを起こす際に腕や脚、背中の筋肉が大袈裟に隆起する。それらの動きをちゃんと観察すれば、相手がどのような行動を起こすのかは想像以上に容易に予測出来る。私が尾寺に殴られるのを予測できたのも、先輩の振り上げたナイフの刺さる位置を調整できたのもそのためだ。たかだか十三人殺したくらいでは暴力には慣れないし、尾寺程度の性犯罪者なんて如何程の脅威にもならない。  ナイフが振り上げられた瞬間、私はどこに刃先が降りて来るかを見定めると、身体を微細に移動させて、狙い通りの場所に刃先を導いた。  これで準備は整った。これまで私の人生は、この瞬間のために積み上げて来たものだったのだ。全ては先輩を救うため。先輩に幸せになってもらうため。  そして、先輩を私だけのものにするため。  初めて人を好きになった。初めてメイクをした。初めてお酒を飲んだ。初めて切なさで泣いた。これらの経験のどれもが、とても大切な宝物だ。  私はゆっくりと先輩との距離を縮める。先輩は尚も激しく狼狽えている。きっといま、頭の中では、自らの行動を正当化するために、様々な思考や言葉が頭を駆け巡っているのだろう。そんな状態では、周りに気を向けられる筈もない。  だから彼は、私を刺した瞬間に催眠鎮痛剤を注射されたことも、まったく気付いていない。針はインスリン注射に使用される細くて短い針を選んだから、痛みどころか、違和感すらもほとんど感じなかっただろう。  重要なのは、先輩の精神に強い負荷をかけ続け、心を極度の緊張状態に保つことだ。脳は強いストレスがかかると、本能的に眼の前の現実から逃避しようとする。辛い現実を記憶から消そうとする。戦争帰りの兵士に記憶障害等の症状が現れるのもこのためだ。  心は卵のようなものだ。日々の生活で、ストレスや、痛みを受け、殻の奥のいちばん大事なところを理性という名の殻で覆い、護っている。  そこに痛みが届かないように、潰れてしまわないように。そして、それ以上ヒビや傷が増えないように、人は日々賢く振舞って、痛みから逃げて、努めて鈍感に生きていこうとする。割れてしまったら、もう二度と元には戻せないという事を、誰もが知っているから。  そして、あらゆるモノは、限界まで凝縮され、固まっているときが、一番壊れやすい。それは心も例外ではない。  私は先輩の顔を包み込むように優しく掴むと、吐息を感じるほど近くへと引き寄せ、じっとその瞳を覗き込む。 「ヒロくん」  私は彼の名を呼ぶ。 「え?」  彼のブレていた眼の焦点が、だんだんと私を捉え始める。それに併せて身体の震えも少しずつおさまってくる。 「ヒロくん」  私はもう一度、彼の名を呼ぶ。お姉さんが先輩のことをヒロくんと呼ぶことは、先輩が自室でお姉さんの幻と会話をしているのを盗聴して得た知識だった。  いまの状況では、この一言が、他の幾千の言葉より重要な意味を持つ。 「姉、さん?」  彼は私をそう呼んだ。明滅の中、催眠鎮静剤を打たれてトランス状態になった先輩には、私の顔が彼の姉、暮網阿羅菜に見えていることだろう。その証拠に、先輩の眼は警戒色が消えて、子どものように澄み切っていた。  事件の記事で暮網阿羅菜の顔を初めて眼にしたとき、一瞬本気で自分の顔を見ているのかと思った。それほど彼女は、とても私に似ていた。これは運命だと思った。メイクを覚えてからは、なるべく彼女に似るようなメイクを心掛けた。その方が、都合が良かった。 「ほんとに、姉さんなの?」  先輩は、恐る恐る私に向け、問いかける。 「大丈夫だよ。なにも心配しなくていい。だって、今までヒロくんが見たこと、聞いたこと、経験したことは、ぜんぶ夢なんだから」 「夢? これは夢なの?」 「そう、夢。だって、私はここにいるじゃない」  彼の瞳に映った私は、自然な微笑を浮かべている。そして、彼は朦朧とした意識の中で、私の言葉を真実と判断する。そう判断するような精神状態へと、細心の注意を払い、丁寧に、まるで手を引くように導いた。  先ずは、精神に限界までストレスを与えて、心の殻を割る。ストレスの許容量は個人により差異があるうえに、あまりに強すぎるストレスを一気に与えてしまえば、心は、殻ごと潰れて壊れてしまう。これも卵と同じだ。大事な中身を傷付けないように、綺麗に殻だけを割らなければならない。  様々な方法を検討した結果、私は人間ミンチを目撃させ、殺人を告白するという、比較的丁度良く心の殻が割れそうな方法を採用した。人間の現実の範囲は想像よりずっと狭い。せいぜい半径三メートル以内で起こっていることしか現実と認識していない。それより外の出来事に対しては想像力が著しく欠如する。だから私は、その想像力の欠如を創造した。予想通り、彼の心の殻は簡単に割れた。  殻が割れたら、薬を投与し、強い光の明滅と、暗示を使って、彼の精神を操作する。それは所謂、サイキックドライビングと呼ばれるマインドコントロールの類。  この精肉室の照明も、強い明滅を繰り返すように予め手を加えておいた。でも、このような状況下では、そんな変化に気付くはずもない。そうなるように私が仕向けたのだから。  不運や不幸は人を選ばない。立ち直れないほど心に深い傷を負ったのならば、心そのものをを作り変えればいい。そうすれば、辛かったことも、苦しかったことも、全て無かったことになる。辛い記憶を背負ったまま生きることが、強く、正しく、美しいなんて、誰が言ったのだろう。  心を作り変えるのに必要なものは、もう生きていたくないと感じさせるほどの強い絶望感と、まだ生きていてもいいのかもしれないと感じさせるほどの微かな希望。隠し味は、それらを全て自分で壊してしまったと感じさせるほどの、甘くて苦い罪悪感。  これがあれば、人の心は作り変えられる。  私は暮網先輩の心を殻を割り、中身を取り出し、調味料を入れ、丁寧にかき混ぜ、漉し、じっくり火を通してから、くるくると丸めて、新しい形へと作り直す。いつか彼が私に作ってくれたオムレツのように。  先輩を救い、彼の心を私のものにする方法。それは、彼の一番大事な人間になることだった。彼は今でも姉を、暮網阿羅菜を深く愛している。  私が彼女になること。これが彼の心を救う、彼が私のものになる、私が導き出した答えだった。  私は言葉を紡ぎ続ける。暮網阿羅菜が言いそうな言葉を、彼女がしそうな身振り手振りで、彼女が話しそうな口調で、思いつくまま、ただ流れるように、止めどなく口から溢れさせる。言葉はまとまりも脈絡もなく、核心的なことはなにも言わない。ここに正確性は必要ない。大事なのは、彼の姉が、この現実で生きていて、触れられ、動いて話しているという現実だった。彼の中の今までの現実が、私の創造した新しい現実で溺れるまで、ずっとこれを続ける。  救うという言葉。幸せになるという言葉。その言葉自体はとても正しく、美しいと思う。しかし、その間の過程は、結局どこまでいってもエゴの追求だ。法律とソーセージ作りの過程を知らなくてもいいように、見栄えがいいものの成り立ちが、全て美しいとは限らない。  私が先輩を救いたいと思う気持ちだってただのエゴだ。その方法も、世間で言われている正しさや美しさからは大きく乖離していることは、もちろん理解している。しかし、言葉だけの正しさ、思想だけの美しさだけでは、残念ながら誰一人として救うことは出来ない。  人は死んでも、誰かの心の中、思い出の中で生き続けられるという考えを聞いたことがある。人が完全に死ぬのは、実はとても困難だ。でもそれは、とても困難なだけであり、不可能ではない。  私はこれから暮網阿羅菜を殺す。心苦しいけど彼女には、先輩の思い出の中から完全に消えてもらう。即ち、完全な死を遂げてもらう。これから彼の中の姉という存在は、私が想像した暮網阿羅菜であり、それはつまり、私なのだ。  いままで人殺しに罪悪感を感じたことは一度もなかったが、この殺人には若干の罪悪感を覚える。でも心配しないでほしい。これからは私が新しい貴女として生きていく。貴女は消えても貴女が世界に存在したという事実は消えない。だから安心して消えてほしい。  今まで先輩をずっと支えてくれて、ありがとうございました。これからが私が彼を支えていきます。私は心の中で暮網阿羅菜にそう言った。 「なんだ夢かあ。そうだと思ったんだ。オレの好きになった子が、殺人鬼な訳ないもんね。そんなの、悲しすぎるもんね」  彼は少年の様に無邪気な笑顔で言った。長い前髪の隙間から覗く澄んだ瞳と、儚い笑顔に私の胸の内は庇護感情で満たされる。あまりの愛おしさに胸が苦しくなる。  思い返せば先輩への恋愛感情は、庇護欲から来るものだったのかもしれないと思う。余りにも理不尽な世界に深く傷つけられて、社会の片隅で小さく丸まっていた、今にも消えてしまいそうな純真な心。私が何とかしてあげたいと思った。私が彼を幸せにしてあげたいと思った。彼の心からの笑顔を見てみたかった。  それが叶ったいま、私は喜びと達成感を感じ、彼を抱きしめる。 「怖かったね。もういいよ。もう夢から醒めよう」  その言葉に安堵したのか、彼の瞳から光が消えていく。意識を失いかけている。  彼の顔を引き寄せると、私はゆっくりと、優しく唇を重ねた。  ファーストキスは想像していた何百倍も幸せだった。幸福という名の液体が、唇から身体の隅々まで浸透していくようだった。  私は間違いなく今、人生で一番の幸福の中にいる。  でも、ありのままの私を愛してほしかった。  そんな気持ちが微かに胸をよぎる。その考えに私は自嘲する。ありのままの私? そんなもの、どこにいるのだろう。  人に好かれた方が危害を加えられにくいと考えた私は、いつでも万人に好かれそうな人間像を学び、演じてきた。でも、いつの間にかその演技があまりに自然になってしまい、元の自分がどんな人格だったか、どんな人間だったか、もう思い出すことも出来ない。  人間なんてそんなものだ。本当の自分なんて、どこにもいない。  私はそんな感傷を心の中から吐き出して、ゴミのように掃き出して、完璧に消し去った。そして、彼の身体を強く抱きしめ、頬に優しくキスをする。 「これはからは、ずっとずっと一緒ですよ。暮網先輩」  意識を喪い、私にもたれかかる彼の耳元で、私はそう言った。  そして私はフライパンにこびりついた焦げた肉に軽く頭を下げ、感謝の意を表す。  私の目的達成の為に役に今まで生きていてくれてありがとう。  犯罪者なんていたるところにいる。餌がついた針を垂らせば、当たり前のように使える獲物がかかっている。だから私は、それを有効に使う。彼等のことを人間のクズやゴミや害虫と呼び、差別迫害する人々がいるのは知っている。その意見に対して私はいつも思う。もったいないと。なぜ彼等を有効に活用しないのだろうと。人間誰でも、どんな人でも、必ずどこかで必要とされている。必要のない人間なんていない。誰もがなにかを成し遂げるために誰かに力を貸し、時には誰かに力を貸してもらい、分相応な最期を迎える。適材適所。それが人間の在り方であり、世界の在り方なのではないだろうか。  何故みんなそんな簡単なことがわからないのだろう。  そこまで思い至ったところで私は無駄な事を考えていることに気付く。人生の無駄遣いをしていることに気付く。  今はただ、この幸福に身を委ねよう。そうすることが私の人生の本懐であり、私の生まれてきた意味なのだ。  焦げた肉と、濃い血の匂いが漂う、薄汚い精肉室の中。  今この瞬間に、この最低の場所で、私の初恋は、最高の終わりを迎えた。  
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