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陽が落ち、幻想的な天文薄明に包まれる街。
講義を終えた私と美紗貴ちゃんは、大学のすぐ近くにあるカフェに入った。夕刻だからか店内は混雑していて、各々が議論や雑談に花を咲かせている。
「やっぱりクレープは一緒に食べたいですね。あと、ハンバーガーやラーメンや、おうどんなんかも捨てがたいです。あ、でもやっぱり定番はファミリーレストラン……」
「うん、ごめん。楽しそうに話しているところ悪いけど、一言いいかな?」
先輩とご飯行くならどこに行きたい? という質問に答えていたとき、美紗貴ちゃんが私の言葉を遮った。先輩とのデートに想いを馳せて、柄にもなくテンションが上がっていた私は、突然水を差され、ほんの少し不機嫌になった。
「なんですか? 何か問題でもありましたか?」
「いや問題はないんだけど、その……」
美紗貴ちゃんはゆっくり息を吸い込むと、周りの迷惑にならない程度に気を遣い、それでもできる限り最大のボリュームで叫んだ。
「高校生かっ! いや、今日びませた中学生もそんなデートはしないかもしれない。もはや小学生かっ!」
「ファミレスおかしいですか? 恋人同士というのはファミレスには行かないのですか? ファミレスのごはんはどれも美味しいですよ?」
「いったんファミレスから離れようか。というか、なんで価値観が基本ティーンなのよ」
「だってこの間までティーンでしたし」
「まあそうか。でも、大人ぶれとは言わないけど、初めてのごはんデートなんだからもう少し背伸びしてみてもいいんじゃない?」
「と、いいますと?」
すると美紗貴ちゃんは持っていたスマホを私に向け差し出した。そこには大きく個室居酒屋の文字があった。
「そりゃ、やっぱりお酒でしょ。ほら、こことかいいんじゃない? 料理も美味しいみたいだし。静かな空間でゆっくりできるよ」
「静かな空間で先輩と二人きり……想像するだけで緊張しますが、なんだか素敵ですね」
「でしょ? じゃあもうここに決めちゃおう……はい、明後日に予約しておいたよ。スマホに情報送っておくね」
私の返事を聞いて、美紗貴ちゃんは即決即断でお店を予約してくれた。スマホが小さく振動してメッセージの受信を知らせた瞬間、私は重大なことに気付いた。
「そうだ、先輩のこと、なんてお誘いすれば……」
「シンプルに、飲みに行こうでいいんじゃない? 変に小難しく考えないでよろしい」
美紗貴ちゃんは考える素振りも見せず即答した。その言葉には、経験からくる自信が乗っているように聞こえた。でもそんな簡単にいくのだろうか。いや、何事も考えているだけでは前には進めない。歩くより、まず走る。私は頭の中で彼女の言葉を繰り返す。
作戦会議を終えた私たちは席を立つ。カフェを出ると、肌寒い風が身体を包み、頭の芯がピリッと冷える。
「なにからなにまでありがとうございます。美紗貴ちゃんがいなかったら、きっと私はお店を選ぶ段階で挫折していました。いえ、そもそも誘おうとすら思わなかったと思います。一人で先輩のことを考えながらファミレスに行っていました」
「ファミレスがすごい好きなのはわかったよ」美紗貴ちゃんはあきれながら笑った。
「大学まで友達がいなかったので、だれかとファミレスでご飯するの憧れなんです」
「よしよし。じゃあファミレスは今度あたしと行こうね」
美紗貴ちゃんは慈愛に満ちた眼で優しく頭を撫でてくる。子ども扱いされているみたいで少し恥ずかしかったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「その前に、先輩とのご飯デートを成功させなきゃね」
「そうですね。押して押して押しまくります」
「よし。その意気だ」
美紗貴ちゃんは嬉しそうな顔をして、更に私の頭を撫でまわす。ぼさぼさになった頭で、私は明日からの行動をシュミレーションしはじめる。様々な妄想が脳内を駆け巡り、再びテンションが上がってくる。
明日先輩をご飯に誘います。
燃えてきました。
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