5人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
プロローグ
ゆっくりと目を開く。
まだわたしは生きていた。
痛みはまったく感じない。
白い天井が目に入る。どこだろう、ここは。
壁時計の針は四時をさしていた。明け方か、それとも夕方だろうか。
揮発する薬品の匂いを感じ、無意識に身構える。
いや、これは消毒用のアルコールだ。
視覚と嗅覚に続き、聴覚が戻ってきた。
等間隔の電子音、遠くに聞こえるサイレンの音……。
そうか、病院に救急搬送されたんだ。
仰向けのまま、顔を左に向けた。美香が見える。一つ上のわたしの姉だ。
大きな椅子に腰をかけ、ぼんやりと天井を見つめている。
「お姉ちゃん……」
声に気づき、美香がわたしに視線を向けた。
「幸代……。良かった……。意識が戻ったんだね……」
「うん……」
「寒くない?」
「平気……」
「ナースコールで看護師さん呼ぶね」
美香が微笑む。
また姉に庇われた。そう感じた瞬間に、涙が出た。
「大丈夫。もう大丈夫だよ。無事に手術は終わった。怖かったね、幸代」
姉に左手を握られる。
違うんだ。お姉ちゃんは何もわかっていない。
これは痛みや恐怖の涙じゃない。
悔しくて、自分がみじめで、泣いている。
物心つく前も含めれば、もう十九年間、そんな思いを抱いてきた。
頭が良くて、人の気持ちを汲み取ることにも長けているのに、いつまでたってもわたしの気持ちに気づかない。
どうしてなのかな、お姉ちゃん。
こんなふうに優しくされると、わたしはもっと苦しくなる。
クリスマスの今夜ぐらい、詰ればいいのに。
自業自得と蔑んでくれればいいのに……。
最初のコメントを投稿しよう!