プロローグ

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ

プロローグ

 ゆっくりと目を開く。  まだわたしは生きていた。  痛みはまったく感じない。  白い天井が目に入る。どこだろう、ここは。  壁時計の針は四時をさしていた。明け方か、それとも夕方だろうか。  揮発する薬品の匂いを感じ、無意識に身構える。  いや、これは消毒用のアルコールだ。  視覚と嗅覚に続き、聴覚が戻ってきた。  等間隔の電子音、遠くに聞こえるサイレンの音……。  そうか、病院に救急搬送されたんだ。  仰向けのまま、顔を左に向けた。美香が見える。一つ上のわたしの姉だ。  大きな椅子に腰をかけ、ぼんやりと天井を見つめている。 「お姉ちゃん……」  声に気づき、美香がわたしに視線を向けた。 「幸代……。良かった……。意識が戻ったんだね……」 「うん……」 「寒くない?」 「平気……」 「ナースコールで看護師さん呼ぶね」  美香が微笑む。  また姉に(かば)われた。そう感じた瞬間に、涙が出た。 「大丈夫。もう大丈夫だよ。無事に手術は終わった。怖かったね、幸代」  姉に左手を握られる。  違うんだ。お姉ちゃんは何もわかっていない。  これは痛みや恐怖の涙じゃない。  悔しくて、自分がみじめで、泣いている。  物心つく前も含めれば、もう十九年間、そんな思いを抱いてきた。  頭が良くて、人の気持ちを汲み取ることにも()けているのに、いつまでたってもわたしの気持ちに気づかない。  どうしてなのかな、お姉ちゃん。  こんなふうに優しくされると、わたしはもっと苦しくなる。  クリスマスの今夜ぐらい、(なじ)ればいいのに。  自業自得と(さげす)んでくれればいいのに……。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!