血を分ける

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血を分ける

 美香と幸代は血を分けた姉妹だとは思えない――。  幼いころから両親に言われ続けた。学校でも、教師や知人に同じように言われてきた。わたしたちは、少し珍しい血液型だ。だから、ことさら血の繋がりに言及されるのだろう。  姉の美香は勉強ができた。保育園の年長で、すでに漢字が混じった物語を読んでいた。卒園後も小中高とずっと優秀な成績を保ち、名門の早明大学に現役で合格した。  努力の人だが、決して「がり勉」だけではない。  中高と陸上部に籍を置き、高校時代は高跳びでインターハイに出たこともある。この時も、東北の田舎町ではちょっとした話題になった。地元紙が、美香の活躍を写真つきで報じたからだ。  勉強にも運動にも秀でているうえ、控えめで優しく、周りにはいつも友だちがいた。誰も分け隔てない。もちろん、劣等生の妹さえも。  きっかけは、たぶん小学校低学年の算数だ。九九をすんなり覚えられなかった。四×三と三×四は、なぜ同じ答えになるのだろう。ゼロに何を掛けてもゼロになるのも納得いかない。教師に訊いたが「そういうものだ」と突き放された。 「掛け算は考えるのではなく、暗記するもの。お姉ちゃんを見習いなさい」と母親もにべもない。  国語も、理科も、社会も、同じだった。理屈ではなく「覚えるもの」。わたしには、まるで面白いと思えなかった。  九九の(つまづ)きをきっかけに、勉強が苦痛になった。成績はどんどん下がり、中学に進んでも通知表は二か三ばかり。気づくと追試の常連だった。  進学したのは地元で「動物園」と揶揄(やゆ)される県立の底辺高だ。姉の高校とは偏差値が二十も違う。全県からわたしのような馬鹿が集まる、()きだめみたいな学校だった。  中学では全校生徒が何らかの運動部に入ることを強いられた。わたしは水泳部を選択した。あまり活動しなくていいと思ったからだ。  雪国の夏は短い。実際に、プールで泳ぐ期間は一年の四分の一ほどだった。ただ、オフシーズンに筋トレや走り込みをさせられたのは誤算だった。  だから、高校では迷いなく「帰宅部」を選んだ。運動なんてかったるい。なぜ一円の得にもならないのに、汗をかく必要があるのだろう。  入学して間もないころ、そう言うと、「美香のように体を動かせ」と父が怒鳴った。 「うるさいな。もう高校生なんだし、好きにさせてよ!」言い返すと、頬に平手打ちが飛んできた。 「お父さん、やりすぎだよ! 確かに言葉は乱暴だけど、手をあげることはないでしょう。女の子だよ、幸代。顔に傷でもついたらどうするの?」  美香が割って入ってくれた。また庇われた、と私は思う。 「……わかった。もう部活は幸代の好きにすればいい」  以来、父のわたしに対する関心は、決定的に薄くなる。  母にはすでに、中学時代に見限られていた。宿題は提出せず、部活もサボり、わたしををからかった同級生を階段から突き落とした。  母は何度か教師に呼び出され、「美香さんは優秀なのに幸代さんは……」と言われたらしい。それをそのままわたしに伝えた。 「二人とも、お母さんがお腹を痛めた娘。なのに、美香と幸代はどこからこんなふうに違っちゃったのかしら」  知らないよ、そんなこと。わたしは望んで生まれていない。お母さんがお父さんとセックスした結果でしょう。生まれた責任、わたしにあるかな?  母は激高した。「幸代、あなたどこで、そんな口のきき方を覚えたの!」  わたしは小五で初潮を迎えてるんだ。どうすれば赤ちゃんができるかぐらい、知っている。じゃあ、訊くけれど、お母さんはお父さんに生で中出しされていないの?  その日、母に二時間説教された。部屋に戻り、ベッドにごろんと横たわる。 「入っていい?」  ドアの向こうで形ばかり断って、自室に美香が入って来た。ベッドに腰掛け、わたしの頭をしばらく静かに()でている。 「……幸代には幸代のいいところがある。先生やお父さん、お母さんが何と言おうと、わたしにとって、幸代は大事な妹だ。お姉ちゃんとして、あなたを守る」  それだけ優しくつぶやいて、部屋を出た。  自分のことは、自分が一番わかっている。  言動も振る舞いも、わたしはまるでなっていない。褒められるどころか、肯定すべき断片も、見つからない。  お姉ちゃん。慰めなんて、いらないよ。自分が不出来であることは、自分が一番自覚している。守られるような価値なんて、微塵もない。  父と母の愛情は、一心に美香に注がれた。当然だろう。勉強も運動もできず、性格のねじ曲がった妹より、美香のほうが可愛いに決まっている。それでいい。無関心は孤独だけれど、縛られない。  いっそ、姉もわたしを見捨ててくれないだろうか――。
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