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「お前さ、あれ聴いた?」
「聴いた」
あれ、だけで分かる人なんて、私しかいないよ?
「なんであんなに、ピアノの音が綺麗なんだろう」
「マジそれな」
「綺麗すぎて泣きたくなる」
「情緒不安定かよ」
「うるさ」
私たちが聴いたと話している音楽は、お互いに好きな韓国のアイドルグループの、新しく発売されたアルバムに入っているバラード曲。
思わず感傷に浸ってしまうほど、主線のピアノの音が綺麗すぎて、私は泣きたくなるではなく、泣いてしまった。
私があの曲を聴いて泣いたとか、彼は想像も出来ないんだろうな。
だって彼は、私のことを泣かないキャラだと思っているから。
「前までアルバムの貸し借りしてたけど、最近はしないよな」
「アルバムは買っても、CDで聴かなくなったからね」
「前からCDで聴いてねえじゃん」
「確かに」
適当に返事をしていたことに気づかれたのか、彼は飲んでいたペットボトルをカウンターに置くと、私が弄っていた携帯を取り上げられた。
小さく息を吐いてから隣を見ると、何故か私の携帯で自撮りをし始める。
「……何してんの」
「ん? お前の宝物増やしてやろうと思って」
「いらな」
「とか言って、本当は嬉しいくせに」
「うざ。てか、そんなの宝の価値にすらならないじゃん」
「お前、うざすぎ」
少しだけ口角を上げて笑う彼を見て、私は心底マスクをしていて良かったと思った。
マスクの着用は個人の判断になってから、マスクをする人が激減した。今は夏だし、していると熱中症にもなって大変なのだけれど、私は体育や外に出て運動する以外はマスクを付けていた。
いつまでもマスクを着け続ける理由は、私は嬉しいと思うとすぐに顔が赤くなってしまう。だからそれを隠すために流行り病が始まる前からマスクを付けることが多かった。
頬を赤らめて、彼のことを好きでも嫌いでもない、という態度を取ったって気づかれる人には気づかれてしまう。その分、マスクをしている方が顔の赤さも隠れるし、目元でどんな表情をしているのかを何となく判断されるから、私が彼のことを好きということは誰にも気づかれていない。
まぁ、それが自分を苦しめているなんて、最初は思いもしなかったけど。
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