今年最後のヒグラシ

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 期待なんてしても意味がないのに、馬鹿みたいに期待して。いっそのこと、私が嫌いになるような言葉をかけてくれた方がまだいいのに。  今にも飛び出しそうな勢いで強く鼓動を刻んでいるせいで、隣にいる彼に聞こえてしまうかもしれない。なんて思ったら恥ずかしくて、紛らわすように何度も何度も鼻をすする。 「なに、風邪?」 「風邪じゃない。花粉」 「お前、花粉症じゃねえじゃん」 「今年からなった」 「今、夏ですけど?」 「夏でも花粉はありますけど?」  紛らわすことに必死すぎて、虚しくなってくる。  左下を見て、耳たぶに触れながら立ち上がると、その手を彼が引いた。 「一口飲めば?」  差し出された飲み物に、私はキュッと喉が締まった。  そうだよね。彼は昔から何も変わっていない。  変わってしまったのは私だけという事実に、胸が痛む。  勘違い? 罪悪感?  色んな感情が混ざり合わって、気を緩めると涙がこぼれそうで怖い。 「……図書館は飲食禁止」 「なんだよ今更。今まで見逃してたお前も同罪。ほら、早く」  差し出されたペットボトルの水を手に持ち、ゆっくりと口をつける。  あまりにもぬるすぎる水は、まるで中途半端な私を責めているみたいに思えた。  好きとも伝えず、かといって諦める勇気もない私を。 「まず……」 「おい」  ペットボトルを彼に返し、誰もいない図書室の戸締りをしようとカウンターから出れば、普段だったら誰も来るはずのない図書室の扉が勢いよく開いた。  驚きのあまり、2人してドアに視線を向けると、カウンターから出てきたばかりの彼に誰かが勢いよく抱きつく。  ううん、誰かではない。  私とは違って垢抜けていて、男子全員を虜にしてしまうほど可愛い彼の彼女が、愛おしそうに彼の名前を呼びながら抱きついていた。  突然のことだったからかな。いつもならすぐに心が悲鳴を上げるくらい締め付けられる感覚を覚えるのに、この時は苦しくもならなかった。 「びびった……」 「えへへ。待ってたんだー! 嬉しい?」 「うん、嬉しい。ありがとう」  彼はニコッと笑みを浮かべると、彼女を自分から少しだけ引き離してから頭を撫で始める。  私に向ける表情も、口調も違う。  羨ましくて、死にたくなる。  私の方が先に此処にいたのに、此処はもう、後から来たあの子のものになっている。  そんな2人から目を逸らして戸締りをしに行こうとすれば、彼は「戸締りしてくるから待ってて」と、仕事をし始めようとする。それを私は咄嗟に止めた。 「帰っていいよ」 「は?」 「いいよ、帰って。こんな仕事、2人も要らないから」 「いつも一緒にやってんだろ」 「いつも私に任せてるくせに、今日は真面目くん? あー、彼女に良いところを見せたいのか」  空元気ということを、多分彼は気づいている。  でも、それを指摘されてはいけない。
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