今年最後のヒグラシ

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「わざわざ彼女が迎えに来たって言うのに、また待たせる気?」  少し、口調が強くなった気がした。  そうでもしないと、いつもの自分を保つことが出来ない気がした。  私は再びカウンターに戻り、椅子の横にある彼の荷物を持って、彼の胸に押し付けた。 「ほら」 「私は、待ってる時間も好きだよ?」  気も遣えて、彼の機嫌も取れるとか、私は完全に負けじゃん。  それなら、私はとことん嫌な存在になってあげよう。 「彼女にこんなこと言わせるなんて、最低」 「おい」 「ねえ、私と付き合う? こいつより何倍も楽しませる自信しかないけど」  手を後ろで組み、彼女に近づいて首を傾げながら、心にも思っていないことを彼女の目を真っ直ぐ見つめて提案した。すると彼女は、あどけない笑みを浮かべて、可愛らしい声で笑いながら「考えとく」と言った。  遠くから彼を眺めている際に必ずと言ってもいいほど、いつもこの笑い声が聞こえてくる。それが少し、トラウマになっているらしい。  やっぱり、苦しい。  ただ息をするだけで、ツンとした痛みが鼻に走る。  泣く前兆だとすぐに気づき、早く帰ってほしくて彼の背中を押す。 「早く帰りなって」 「お前、なんか変だぞ」  だったら、いつもそうやって気づいてよ。 「いつもこんな感じだけど」  疑いの眼差しでこちらを見据えてくる彼の足を軽く蹴り飛ばした。  一歩も引かない私の態度に諦めがついたのか、彼は深い溜め息をついた。 「……わかったよ」 「じゃあね。また月曜日」  昔は土日も会っていたのにね。なんて心の中で呟きながら背を向けて、窓際に向かったその時だった。 「春菜」 「っ……」  なんで今……名前なんて呼ぶのよ。  普段はお前って言うのに。  キュッと掌を握りしめながら振り返る。 「……なに」 「今度は消すなよ。じゃ」  手を振ることも出来ず、手を繋いで仲良く図書室を出て行く2人。  早く帰ってほしいと望んだのは私なのに、扉が閉まると同時に涙が頬を伝っていく。  幼い頃から、いつも傍に居たのは私だったのに。  一番近くにいたのは、私だったはずなのに。  いつからこんなにも、遠い存在になってしまったんだろう。 『俺、彼女できた』  嬉しそうに頬を赤らめながら報告してくれたあの日を、私は昨日のことのように鮮明に覚えている。  おめでとう、と祝福なんか出来なかった。 『へぇ、よかったじゃん』  頑張って何食わぬ顔で過ごしていたような気がする。  見たこともないあの顔が、今も頭から離れない。  私には一生、向けてもらえないあの顔が憎くて、愛おしくて仕方がない。 「ひっ……うぅっ……」  いっそ、嫌いになれたらどんなに楽か。  その場に蹲って、胸の痛みに耐えられず、胸元をギュッと握りしめた時、外から彼女の大きな声が聞こえてくる。  あぁ、なんで早く戸締りをしなかったんだろう。  後悔に駆られながら涙を拭わずに立ち上がり、窓に手をついて外を覗く。  視界が滲む中、2人が手を繋ぎながら仲良く笑い合っている姿を見て、また視界が揺れた。  いつも決まってそう。  目線の先には絶対、私はいない。  何が一番近い存在だ。何が羨ましいだ。  みんなの目は節穴か。  思わせぶりな態度を取られて、期待させるだけさせといて、最後はどん底に叩き落とされる。  それの、どこがいいの?  彼の1番には絶対になれやしない幼馴染なんて、ただの地獄。  ただ苦しいだけ。  一番近いように見えて、一番遠い存在。  それを羨む人の気が知れない。  胸元をギュッと握りしめながら、誰にも聞き取れない小さな声で「好き」が漏れた。  今更、素直になっても仕方がないのに。  泣いたって仕方がないのに。  カナカナカナ──と、突然鳴き出したヒグラシは夏の終わりを知らせてくれている。そして同時に、私の恋の終わりも告げているように思えて、更に切なさが増した。 Fin
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