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バスから船に乗り換えて、私たちツアー客一行が向かったのは、海洋公園でもある美しい海だった。 深くはないが、決して浅いわけでもないその海は、白い砂が揺れる海底の様子までが分かるほど透明度が高かった。その水の世界を、熱帯の海特有の鮮やかな色合いの魚たちがゆらゆらと泳いでいるのが見えた。 そこで私たちは思う存分魚たちと戯れ、まぶしく輝く美しい海を堪能した。そのおかげで帰りの船の中では、遊び疲れと満足感とで心地よい気だるさに支配されていた。 しかし、せめて何か羽織るものを持ってくればよかった、と少し後悔していた。暑い国だからと、水着にTシャツと短パンを身につけただけのラフすぎる格好でホテルを出てきてしまったからだ。 島を出たのが水着が完全に乾く前だったから、想像していた以上に冷房が効いた船内はとても寒く感じられた。そうかと言って外に出れば、海風が水分と一緒に体温まで奪っていくから、体が冷えてやっぱり寒い。結局どこにいても同じだったから、私たちは諦めて船内の椅子に大人しく座り、湿ったバスタオルにくるまって、丸めた体を抱きしめるようにしながらじっとしていた。 突然大きな声が聞こえたのは、そんな時だった。 船内に響き渡るその声にはっと顔を上げた私は、声の持ち主と目が合ってしまった。私は、あっと思った。そこにいたのは、例のキャンディを持っていたガイドの男性だった。 彼は私がいる方に向かって、言葉を投げてよこした。けれど、現地のものと思われるその言葉の意味を、私は理解できない。 困った顔で隣の親友を見た。 「もしかして、私に何か言ってる?」 「うん。なんか、ちいちゃんのこと、見てるよね」 親友も小首を傾げた。 前の席に座っていた、たぶん欧州系の人と思われるカップルが、興味深々と言った顔つきで私たちの方をちらちらと見ている。 「やっぱり、私、かな」 小声でそんなことを言い合っているうちに、いつの間にか彼の姿は消えていた。 私に言葉が通じていないことを悟って、諦めたのかもしれない。 「なんだったんだろうね」 「びっくりしたね」  私は彼が消えた船室の入り口を眺めた。
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