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ホテルへ戻る送迎バスの中、私はフロントガラスの向こう側に見える異国の景色を眺めていた。この風景とも明日にはお別れかと思うと、ほんのり寂しい気持ちになる。 静かなため息を吐き出して前方に向き直った時に、座席と座席の隙間からふと視線を感じた。 何気なく目を向けた先にいたのは、もの言いたげな顔で私をじっと見つめるキャンディのガイドの男性だった。 なに? 親友は隣で目を閉じていて、私の動揺には気づいていない。他の乗客たちもそれぞれに外の景色を楽しんでいて、こちらを気にする様子はない。 無視することもできた。けれど、旅先にいる解放感のせいもあってか好奇心の方が勝った私は、そっと彼を見返した。 彼はその時を待っていたようだった。ふっと口元に笑みを刻み、目を逸らすことを許さないとでもいうように、その黒く光る瞳で強くまっすぐに私を見つめた。それから自分を指さし、次に私の方を指さすと、胸元に両手でハートの形を作ってみせた。 まさか、私を好きだと言ってくれている? こんな形で気持ちを、好意を向けられたのは生まれて初めてだった。ストレートな甘い告白にはまったく免疫がないから、私はドキドキした。 さらに彼は自分の指輪を指さしてから、いったん私の方に向けた手を、今度は自分の胸に当てた。 「君の指輪と、僕の指輪を交換しよう」 私は彼の仕草の意味を、そう直感的に理解した。 彼は続ける。自分のリングに唇を寄せてキスをし、そのまま目を上げてじっと私を見つめた。 その濡れた瞳から切ないような気持ちが伝わってくるようで、私の鼓動はますます早くなった。 ここが日本だったら、彼との距離を縮めるために私も前向きな反応を返したかもしれない。けれど、私には異国の彼の気持ちを受け入れるという選択肢はなかった。どんなにときめいたとしても、言葉が通じない相手との遠距離恋愛は、私にとっては非現実的すぎる。 だから、これで終わりにしようと思った。ドラマのワンシーンのような夢を見せてもらえただけで、十分だ。 彼は私の返事を待って、こちらを見つめ続けている。 少し胸が痛んだが、私は首を横に振ってみせた。 彼はもう一度、せめて指輪を交換したいという意味の合図を送ってきた。 けれども、変わらず私は否定の意思を示した。 諦めきれない彼の残念そうな顔が目に入ったが、それを最後に私はそっと目を閉じた。もうすぐホテルだ。
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