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「はぁい、はぁい、大丈夫っす。じゃ、もう一件回ってから帰ります、はいー」
気の抜けきった返答をして通話終了ボタンを押す。途端にジャワジャワとセミの鳴き声が押し寄せてきて、俺は車のシートに倒れ込んだ。
「……あちー……」
別にそこまで暑いわけじゃない。
営業車のワンボックス内はクーラーが効いているし、木陰に停めているから直射日光を浴びているわけでもない。
それでも夏は暑い。見えるものすべてが暑い。まるで永遠に続くような熱の季節だ。
だらけきった俺は弁当の空容器が入ったコンビニの袋を助手席に放り出し、ぼんやり空を眺める。
高校卒業後すぐ働きはじめてもう4年。近場の山の駐車場でサボることも覚えた。
峠の国道沿いにある小さな見晴らし台は、休憩するのにうってつけの場所だ。そんな事を学ぶのに、4年は十分すぎるほど長い時間だった。
眼前の開けた風景は田畑と山がほとんど占めていた。
緑色の地平線の上に、申し訳程度に灰色の線が引かれていて、そこに海があるのだとわかる。見晴らしは良いが景観としてはいまいち退屈だからだろう、この場所を訪れる者はほとんどいない。
俺はシートを倒し、念の為にスマホのタイマーをセットしてから目を閉じた。
相変わらず蝉時雨がうるさい。まぶた越しでもわかるくらい強い日差しが鬱陶しい。
タイマーの音が聴こえた気がして、俺は体を起こす。まだ数秒しか経っていない気がしたが、どうやら寝入っていたらしい。
そろそろ移動するかと背伸びをした瞬間、奇妙な事に気がついた。
あれほどうるさかった蝉時雨が聴こえない。
外の日差しもなんとなく和らいでいて、まるで夕暮れ前の空のようだ。もしかすると俺は想像以上に寝落ちしていたのかもしれない。もしくはスマホが壊れているか。
太陽の位置を見ようと車外に出る。
振り返った先で、俺は更におかしなものを見つけて目を細めた──提灯だ。
駐車場の横から遊歩道へ続く道の木に、提灯が連なりぶら下がっている。数少ない観光客にすら忘れ去られたような遊歩道は藪が茂り、薄暗い。その道を、明かりのついた提灯が控え目に照らしていた。
こんな所で祭りでもあるんだろうか。
急にそわそわした気分になって、俺は駐車場を見渡す。アイドリング中の営業車が、低い駆動音を鳴らしているだけだ。
営業所に戻る時間は過ぎているが、もう少しくらい遅れても上司の小言を貰うだけで済むだろう。
俺は自分の好奇心と仕事を天秤にかけて、少しばかり傾いた好奇心のままに遊歩道へ進んだ。
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