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3
いくつか屋台の前を通り過ぎて、早々に一つの結論を出す。
これは夢だ。
すれ違う者が全て人間じゃない。
俺のすぐ隣りを、巨大な鶏とひよこが綿飴を持ちながら練り歩いている。白髪赤目の女は下半身が蛇だ。楽しそうにりんご飴を頬張りながら屋台を冷やかしている。
修験者の衣服を着た男が、灰色の鱗の肌を持つ少女を連れて熱心に何かを説明していた。その横を、狐の尻尾を靡かせて巫女服の少女が駆けて行く。
まともな人間は俺を除いて一人もいない。
ああ、こりゃ中々面白い。俺はきっとまだワンボックスの中で昼寝の夢を見ているんだろう。夢の中で、これは夢だと自覚する現象だ。あれはなんと言ったっけ。
何となく安堵した俺は、ポケットに手を突っ込んでぶらぶらと魑魅魍魎の間を歩き回る。
奇妙な連中がそぞろ歩いている事を除けば、普通の祭りとほとんど変わらない。たまに何を売っているのかわからない屋台もあったが、射的やヨーヨー釣りのように見覚えのあるものも多かった。
俺は何となく焼きそばの屋台の前に立った。俺と同じくらいの背丈のイタチが、ねじり鉢巻をしてせっせと焼きそばをひっくり返している。
「はいよっ、いらっしゃい!……あれ、お客さん、人間さんかい?」イタチの大将は鼻をヒクヒクさせて顔を上げた。「珍しいこともあるもんだ。お兄さん、こんな祭りがあるなんてびっくりしただろう?」
驚くも何もこれは夢だからという言葉を飲み込んで、俺はさり気なく困った様に肩を落としてみせた。
「そうなんですよ。こんな屋台に来たのは初めてで。これは何の祭りなんです?」
「決まった名前がある訳じゃないんだ。俺達みたいに忘れ去られた奴が集まって祭りが始まる。黄昏時のお祭りだよ」
「黄昏時の……その、忘れ去られたってどういう意味なんですか」
「兄さんにだって一つや二つ、思い出さない記憶があるだろう?人間ってのは、生きる為に色々忘れちまうらしいからね。そういう記憶は、消えていく最後の最後に盛大な祭りを始めるのさ」
はぁ、とわかったようなわからないような返事をして、俺は焼きそばの屋台から離れる。入れ違いに浴衣を着た天狗がやってくると、イタチは愛想よく接客し始めた。
暫く異形達の間をぶらぶら歩きながら、聞いた話を思い出す。そう言えば最初に会った狐面の男もイタチと似たような事を言っていた。色々なことを忘れたからここに呼ばれたんだ、とか言っていた気がする。
その忘れている何かを思い出せば夢から醒めるかもしれない。要するに俺の夏祭りの思い出がこの奇妙な夢を作っているのだろう。
その時、行き交う者達の合間にちらりと見知った横顔を見た気がして、俺は思わず立ち止まった。
少女だ。紺色の浴衣を着て、肩まで髪を伸ばしている。ここからだと顔がはっきりと見えないが、記憶の中の面影と瓜二つだ。
そんな訳あるはず無いと否定しかけて、これは夢の中だと思い直す。
夢の中なら彼女がいてもおかしくない。むしろ彼女に会える最初で最後のチャンスかもしれない。
気がつくと俺は無我夢中で彼女の後ろ姿を追っていた。
「……ひなた!!」
懐かしい名前を──忘れていた彼女の名前を叫びながら。
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