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俺が小柳ひなたと出会ったのは、小学二年生の時だった。
俺は入院していた。よくわからない病名を告げられ、県で一番大きな小児病棟に入っていた。
わざとらしく明るい病室で、壁に貼られた幼児向けキャラクターを睨む日々。病気より入院のストレスで具合が悪かった気がする。
よりにも寄って夏休みだった。
学校が無いから、俺が入院しているなんて友人も知らない。当然俺を見舞いに来る奴もゼロだ。
下手すれば死に至る病だったと知ったのは俺が大人になってからだったが、その頃の俺はとにかく自分がこの世で一番最悪な夏を過ごしていると信じて疑わなかった。ずっと不貞腐れていた。
ある日、俺の個室のドアがノックもされずに開いた。
母か、そそっかしい看護師だろうと思って振り返った俺は、見たことのない女の子を見て固まった。女の子も俺を見て目を丸くしている。
「……お部屋、間違えた!」
俺と同じ歳くらいの子だ。薄水色のパジャマを着て、黒いうさぎのぬいぐるみを抱えたその少女は、俺に向かってぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、お邪魔しました」
扉が閉じられて初めて我に返った俺は、急いで廊下に出た。俺の病室の斜め前、廊下を挟んだ先の扉が閉められるところだった。
その日から俺達は事あるごとに顔を合わせ、少しずつ話すようになった。検査の順番待ちや移動の時に話す程度だったが、歳が近いこともあって、すぐに部屋を行き来するくらい打ち解けた。
ひなたは同級生というより妹みたいな感じだった。ゲーム機を持っていないというひなたに携帯ゲーム機を貸して、逆におすすめの絵本を借りた事もある。嫌いな看護師の愚痴を言い合って、好きな食べ物の話題で盛り上がった。
ある日、俺はひなたの部屋でゲームに熱中していた。数日前から具合が悪いというひなたと遊ぶ訳にもいかず、ただ時間を潰していたと言ったほうが正しいかもしれない。
ひなたはベッドに横たわって窓の外を見ていた。
「ねえ、花火って見たことある?」
出し抜けにひなたがそう聞いてきて、俺は気の抜けた返事をする。
「ん?あるよ」
「いいなぁ。私、無いんだよ。毎年夏の終わりに隣町でお祭りがあるでしょ?私の住んでる所からだと音しか聞こえないの。お母さん、あの花火の音聞く度に夏が過ぎちゃったって文句言うんだよ」
「音だけの花火とかうるさいだけじゃん。それなら今度見に行こうぜ。ひなたのかーちゃんも誘ってさ」
俺はゲームに夢中でろくに顔も見ていなかった。ただ、やけに嬉しそうな声だけははっきりと覚えている。
「本当?うん!絶対行こうね!」
ひなたとたくさん話をしていたはずなのに、今思い出せるのは限られたいくつかの場面だけだ。
それも、この会話をした日を境に減っていく。
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