噓も方便、知らぬが仏

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 美城女学園での昼食は、基本的にみんな校内にある食堂で食べることになっている。仲間外れにされた私も例外ではない。食堂では中等部から高等部の生徒たちが、各々友人たちと食事を嗜んでいた。 「冬花ちゃんは何にするの?」  厨房の配膳台の上にあるパネルに書かれた『今日のメニュー』を見ながら、朝宮は私に聞いてくる。運の悪いことに私たちは一緒に行動することになった。  それもこれも朝宮が話しかける相手が十中八九『私』だったからだ。最初に話したのが運のつきだったのか事あるごとに話す対象が隣の席ではなく、後ろの席の私だった。 「唐揚げ定食」 「じゃあ、私もそれで」 「初めての定食をそんな簡単に決めていいの?」 「いいのー」  最初は無愛想にしていたが、気に病む素振りを見せない朝宮に対して、無意識に観念してしまって一言二言は話すようになった。ただし、まだ馴染みのあるような振る舞いは見せてはいない。下手に金竜に目をつけられないように彼女との距離は一定に保っておこうと思った。  メニューが決まったところで厨房にいるおばさんに注文し、出来上がるのを待つ。朝宮はウキウキした様子で厨房の調理風景を眺めていた。私は彼女の様子を横目で眺める。彼女のキラキラした瞳に視線が吸い込まれていた。  やがてお盆にご飯とお味噌汁、おひたしと唐揚げが乗せられ、私のところに届いた。追加でトッピングができるが、私は何も乗せることなくお盆を持って会計を済ませる。朝宮を見ると彼女はデザートをトッピングしていた。 「次はかつ定食にしよ。他の子が頼んでて美味しそうだったから」 「かつ定食もまあまあ美味しいよ」  二人で並列に歩きながら、空いている席を探す。  奥の方に誰も座っていない席があったので、そこに向けて歩いていくことにした。 「それにしても、冬花ちゃんって賢いんだね。5教科488点って」  今日は二学期実力考査の成績発表があった。私は一学期から継続して学年1位をキープ。朝宮はそのことを褒めてくれた。 「まあ、勉強はできる方だから。親の遺伝子に感謝だね」 「そんな謙遜しないでよ。きっと冬花ちゃんの努力の成果だよ」 「いや、そんなことっ!」  不意に、私の足に誰かの足が引っかかった。  歩くリズムが崩れる。両手でお盆を持っていたため思うようにバランスが取れない。お盆は前に倒れ、皿や料理がぶちまけられる。それらが落ちたところに私も倒れていく。  味噌汁の暑さが肌を刺激する。皿やお盆が肌を強く打ち、内臓を抉ったことで激痛が走り、しばらくは動けなかった。 「冬花ちゃんっ!」  朝宮は自分のお盆を地面に置き、私の体に触れる。朝宮以外は誰も私に見向きもしなかった。そこで一連の事故の加害者を認識することができた。 「いっつぁ……夕凪……てめぇ、どこ見て歩いてるんだ」  苦しみつつも、怒気のこもった声が聞こえる。私が何度も聞いたことのある声だった。  痛みを堪えつつ、上体を少しだけ起こし、顔だけ後ろに向けた。そこには足を抑えながら私を睨む金竜の姿があった。全身を起こし、スカートについていた米粒などを払う。 「聞いてんのか、夕凪。私の足を蹴ったの謝れよ」 「……ごめん」  私は微かに口を開けて、金竜に謝罪した。小さな声は抵抗の現れだ。 「はぁ? なんだそれ。お前、自分が加害者なのわかってる? 土下座だろ?」  不貞腐れた私の謝罪に金竜は怒りを顕にした。「加害者なのはどっちだ」と言いたいところだが、全員に聞いても私が加害者だと言うだろう。誰も金竜に逆らうことはできないのだから。  唯一、一緒にいた朝宮だけは金竜に怪訝な表情を浮かべていた。何か言いたそうな彼女に私は手で牽制する。  体を地面に倒すとゆっくりと金竜に土下座した。土下座で勘弁してくれるなら安いものだ。金竜は「よくできました」と嘲笑って、再び食事を始めた。私は立ち上がり、厨房の方へと戻っていく。 「冬花ちゃん、どこにいくの?」 「地面汚しちゃったから片付けないと」  朝宮を軽くあしらって、厨房へと向かった。
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