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翌日も予報通り雨だった。
「うぇーい!」
昨日と同じく私は個室のトイレに無理矢理入れられた。ドアを押してもびくともしない。外側で誰かが塞いでいるのだ。二人がかりで塞げば、私なんて簡単に閉じ込められる。
開けられないことがわかると、身体中に寒気が走った。これから起こることに対する恐怖が芽生えてきたのだ。
少ししていつも通り水がドアを越えて降ってきた。バシャーンという水音がトイレ中に響き渡る。寒気は本物の寒さに変わった。私は身を包み込むようにして、顔を俯け、両手で反対側の肘を握った。
あと少しの辛抱だ。そう念じることで溢れ出す感情を抑制する。
ドアの外からは金竜たちの笑い声が聞こえてきた。押し殺しているが、抑えきれずに漏れていた。私よりも感情の隠し方が下手な様子だ。
「ん、朝宮じゃねえか。どうした?」
ドアが開くのを待っていると外から金竜のそんな言葉が聞こえた。
俯いていた私は反射的に顔をドアへと向けた。どうして朝宮がここに来たのだろうか。
「私もかけようと思ってさ」
足音と一緒に朝宮の声が聞こえる。水が波打つ音が聞こえる。朝宮の言葉から彼女が持っているバケツに入った水によるものだと分かった。
私は朝宮の言葉に驚愕した。でもそれはすぐに諦めに変わる。昨日私が彼女に言ったのだ。金竜側に付いた方が身のためだと。
「まじかよ。傑作だな。昨日まであんなに仲良かったのに。おい、聞いたか。朝宮が水をかけてくれるらしいぜ。良かったじゃねえか」
金竜は笑いを堪えることができないのか、嘲りながらドア越しに私に語りかけた。
私は今どんな顔をしているだろうか。好奇心と恐怖心が同時に降りかかる。
再びバシャーンと大量の水が降り注ぐ音が聞こえる。しかし、上から来るはずの水は下から流れてきていた。
私は「えっ?」という声が思わず口から漏れた。
「てめえ、何しやがる!?」
金竜の罵声がドア越しに聞こえてきた。金竜の側近の生徒たちも一緒になって罵声を飛ばしている。そこで何が起こったのかようやく理解できた。
朝宮は金竜たちに水をかけたのだ。
直後、さらに水が地面に落ちる音が聞こえた。今度は誰も何も喋らなかった。
一体何が起こっているのか。私には一切の情報が入ってこない。
「お前、何やってるんだよ?」
沈黙を突き破ったのは金竜の声だった。先ほどの怒気はさっぱり消え失せ、呆気に取られたような生気の抜けた声を漏らす。
「私はみんなで仲良く水かかろうと思っただけだよ」
今度は朝宮の声が聞こえる。先ほどの陽気さは消え失せ、しみじみとした声音だった。
「……行こうぜ。こいつヤベーよ。何してくるか分からねえ」
バケツが落ちる音が聞こえると複数の足音が聞こえてくる。地面に流れた水を踏みつけているためチャプチャプという音が立つ。それは少しずつ遠くなっていき、最後には閑散とした空間だけが広がった。
私はゆっくりとドアを開けた。
視界に入るのは落ちた二つのバケツにずぶ濡れになった朝宮だった。
彼女は金竜たちの去っていった方をずっと見ていた。しかし、私が出てきたのに気づくとこちらに顔を向けた。
「お揃いだね」
彼女ははにかんで私にそう言った。
「あんた馬鹿だね」
「心配しなくても大丈夫だよ。私の両親もきっと許してくれる」
朝宮の言葉に、昨日のアリサーチの記憶が蘇る。
彼女は両親の意思を引き継いだのだ。だから今回のことは看過できなかったのだろう。そして、失うものが何もないことが彼女の後押しをした。
「そう」
私は朝宮のとこに行くと彼女の手を握った。
「風邪ひくよ。私たちも戻ろ」
ポカンとした様子の朝宮だったが、すぐに気を取り直して笑顔をくれた。
水に濡れた彼女の手はとても温かかった。
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