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「お前さんでも駄目か…」
部屋から出て間もなく、そんな声を掛けてきたのはマーチス元帥だった。
耳にインカムを装着していることから、中での会話を聞いていたらしい。
彼女自身も気付いているようだったが、部屋の各所には盗聴器と監視カメラが隠されていた。
異常があればすぐに駆け着ける為ではあるが―――。
「ここまでする必要があるのですか…」
両の拳を握り、怒り混じりにヴォクシスは問い掛けた。
監視だらけの出口のない部屋に定期的な聴取―――、これでは罪人も同然である。
究極兵器の存在について黙っていたことが罪だと言うなら、ろくに調べもせず目先の力だけを利用した軍組織にも非があると言ってやりたかった。
「そう怒るな…」
肩を抱いて元帥は宥めるが、ヴォクシスの腹の底は煮え滾っていた。
彼女のお陰で、二十年続いた戦争が止んだというのに―――。
カルディナ自身、生まれてからこれまで過酷な生活を強いられて生きてきた。
だからその分、楽しい思い出をこれから作ってやるつもりだった。
それが彼女を戦地に引き摺り出した己が出来る精一杯の罪滅ぼしだったのに―――。
「嬢ちゃんそのものが帝国に狙われていると明言された以上、自由にはしてやれんのだよ。あの子の行く先々に帝国の魔の手が迫るとあっては、国民を守るためにも厳重に管理する他ない…。お前さんとて、分かるだろう?かつて当事者にされたお前なら…」
その言葉には何も言い返せなかった。
言い返せない自分が腹立たしくて、怒りのままに肩を掴む元帥の手を払った。
「ヴォクシス、頭を冷やせ…!」
そう背中に忠告を投げ付けられたが、娘の置かれた状況を目の当たりにして冷静で居られるほど、最早、彼は冷酷無比な悪魔ではなくなっていた。
「こりゃ参ったな。あの悪魔が絆されるとは…」
足早に去り行く背を見送り、元帥は困り果てて頭を掻いた。
停戦協定が結ばれたとは言え、帝国との水面下の情報戦は今も繰り広げられている。
薄氷の上の平穏を手にし、セリカ皇女の証言により帝国の真の狙いと目的が明確に見え始めた今―――、時を同じくして発見された究極兵器デュアリオンの全貌を明らかにする事は急務である。
故に陸軍の悪魔と敵味方に恐れられ、数ある武功を手にする彼の手腕が必要であった。
「ヴォクシスにとって、カルディナはもう部下ではなく娘なのですよ」
ヒールの音を響かせ、そう言い放った御仁に元帥は気を改めて敬礼した。
礼装姿の王太子シルビアである。
午前の公務を終えたばかりであることが窺えた。
大方、カルディナの様子を見に来たのだろう―――。
「十一年前の…ティアナさんが犠牲になったあの襲撃さえなければ、彼は冷酷無比な悪魔にならずに済んだ筈です。あの子は唯ヴォクシスを本来の心根の優しい男に戻しただけですわ」
彼女は淡々と告げ、カルディナの監禁される固く閉ざされた扉を見つめる。
その傍らのサービングカートに置かれた手付かずの朝食に彼女は深く溜息を零した。
「それに…私とて、この戦争で夫を喪わなければ王太子などにはならなかったでしょう…。私達に限らず、この戦争で狂わされた数多の運命をあの子は正そうとしてくれたのに、この仕打ちはあんまりです」
怒り混じりにシルビアは独り言のように言い、鋭く元帥を一瞥した。
「元帥、カルディナと交わした約束をどうかお忘れなく…」
その言葉は王太子としてではなく、一人の子を持つ親としての警告だった。
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