思念の揺籠

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 締まりの無い医療用の衣服に着替えさせられたことで、自分は軍にとって最早、実験体であることを思い知らされた。  軍管轄の研究施設にて身体中に測定器を付けられ、断頭台への階段を思わせるステップを登らされる。  目の前に迫ったクロスオルベ侯爵家本邸より持ち出されたデュアリオンの心臓――島にあった資料から《思念の揺籠》と言う名であることが判明した容れ物にゆっくりと素足で踏み入り、カルディナは肉のような感触のその中に横たわった。 「測定器、正常です」 「こちらも設置完了です」 「カメラも起動しました」  次々に準備完了の報告が上がり、仕上げとばかりに連れて来られたセルシオンが、吸収されるように思念の揺籠の全体に纏わる。  そして、仰々しく持ち寄られた星の欠片(ファルファラン)の結晶がカルディナの首へと掛けられた。 「…ヴォクシス大佐」  納棺するように戸が閉められる直前、彼女は立会を許可された大佐を呼んだ。  直ちに駆け寄った彼に手を差し伸べたカルディナは、抱き寄せるようにその肩を掴み、他の士官に聞こえぬよう顔を近付けた耳元で言葉を発した。 「…大佐、私の身に何が起きても絶対に動じないでください。そして万一、危険な存在に成り果てるなら躊躇わずに殺してください。良いですね?」  冷静に言い聞かせ、彼にもしもの時の処理を頼んだ。  彼ならやってくれると信じるしかなかった。 「分かった…」  悲痛に目を伏せ、大佐は答えた。  離れたくないとばかりに項垂れる彼の肩をゆっくりと突き放すように押す。  下士官に促され、大佐が離れると共に無常にも戸が閉じられ、視界が真っ暗になった。  瞼を閉じ、深く深呼吸を繰り返す。  ―――大丈夫。 「…思念の揺籠、起動」  意を決したように瞼を上げ、囁くように命じる。  その声に思念の揺籠に刻まれた幾何学模様が脈打つように光だし、繋げた計器が一斉に記録を取り始めた。  同時に内部のカルディナの目に見えてきたのは、古い古い記憶―――。  それは遥か大昔、魂授結晶が生まれた時の様子だった。  辺りを見回すこちらに対し、取り囲む白衣の人々は雄叫びを上げて喜び合っている。  次に見えたのは当時の城跡の様子―――。  今や見る影もないが当時はちゃんとしたお城で、犬になって駆け回るこちらを子供達が追いかけ、大人達がそれを見て笑っている。  島の誰もが城を拠点に田畑を耕したり、必要な道具や建物を作ったり、各々が仕事に勤しみながら汗を流し、互いに協力し合いながら生きていた。  質素な生活だけれど皆でそれを楽しみ、誰もが幸せそうだった。  けれど―――。  その次に見えたのは、帝国の徽章を纏う使者と激しく言い合うクロスオルベ侯爵の息子に、泣き崩れて狼狽える侯爵夫人。  更に見えてきたのは、痩せこけた侯爵と共に船に乗せられて島に押し寄せた人々とそれと抱き合う島の者達。  そして―――、夜空の下、宇宙へと旅立つこちらに手を振り、涙ながらに見送るクロスオルベ家の皆の姿―――…。  それを最後に、途方もない漆黒の宇宙の旅が始まった。  いくつもの光の中を飛び回る感覚は、確かに素晴らしく、美しく壮大な銀河を渡り、自分も星になったような開放感を楽しんだ。  けれど、次第に胸に迫ったのはどうしょうもない孤独と段々と崩れる器に対する焦燥感だった。  ―――帰りたい。  そう感じた時、視界が来た道を引き返し、故郷の星へと向かっていた。  そうして大気の壁を突き抜け、地上が迫った刹那、目に見えたのは朽ち果てた城の中、機械仕掛けの器と少女の姿が見えた。  ―――見つけた!  そうセルシオンの心が叫び、一瞬にして世界が真っ白になった。 (ここまでが私の知らないセルの記憶…)  段々と暗くなる視界の中、キュッと胸が詰まった。  機械仕掛けのセルシオンにも寂しさや喜びの感情があり、それを感じ取ることが出来た。  あとは自分も知っている記憶の筈―――。そう思って、終了の合図を唱えようとした時だった。  雑音と共に見知った記憶が崩れ、塗り潰されるように目の前の光景が変わっていく。  見えてきたのは、己に手を差し伸べる若き天才の微笑み。  そして―――。
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