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王国の歴史
研究所より救急搬送されたカルディナは、ヴォクシスの意向により、掛かり付けとなっていたクロスヴィッツ病院の隔離病棟へと入れられた。
直ちに行われた精密検査の結果、身体的異常は今のところ診られなかったが、未知の機械に入れ込まれた事から医師達は精神異常を懸念。どのような事があっても対処出来るようにと副院長であるアウラ医師が声を上げ、体制を整えて貰った次第である。
「…本当にありがとうございます」
深く頭を下げ、ヴォクシスは協力してくれた医師達に感謝を示した。
「英雄の力になれるならお安い御用です」
「貴方達の力になれるなら何だってするわ」
その場の医師や看護師達の言葉はどれも温かかった。
それが有り難くも申し訳無かった。
軍に利用されるカルディナを守るには己の目が届く場所に入れる必要があり、それがここだった。
この病院の関係者は亡き妻ティアナに絶大な信頼を寄せていた者が殆どで、その婿であった彼を家族のように慕っている。
今尚、機械義肢の開発研究に患者としても携わっている彼だからこそ、多少の無理にも応えてくれたのに―――、その考えを姑息に利用している己がいることが悲しかった。
「ヴォクシス、ちょっと話せるかしら?」
改まったようにアウラ医師が声を掛けた。
何か大事な話のようなので屋上へと向かうことにした。
降り出しそうな空の下、互いに煙草を手に取り、気持ちを整えるように煙を蒸す。
そうして一本目を吸い終わった時、彼女は溜息混じりに脇に挟んできた書物を差し出した。
「軍の強行的なやり方は変わってないようだから、強制調査が入る前に渡しておくわ。読み終わったら処分しておいて」
その言葉と共に受け取ったのは初代クロスヴィッツ家当主であるクロスオルベ侯爵の次男ランドルクの手記の写しだった。
「侯爵は捕まることを分かっていて初代を留学させたのね…、あまりにタイミングが良過ぎるもの…。侯爵は初代デリカナ国王とも深い交流があったし、革命が起きることも予見していたんでしょう。本当に世紀の天才だわ」
そう告げながら、アウラ医師は新たな煙草を手に取る。
数ある歴史書からヴォクシスも知ってはいたが、初代クロスヴィッツ家当主が海外への留学した直後に侯爵は投獄されており、彼が侯爵家本邸に戻ったのは留学してから二十年も経った後であった。
そもそもとして、この国の歴史は始まりからサニアス帝国との因縁に絡む。
その昔、この国は帝国領土の一部であったが、皇帝を絶対的君主とする主義に対し、長年に渡って各所の先住民との諍いが耐えなかった。
また身分制度を容認する宗教上の問題から意に反する結婚や労働を課せられる国民の怒りが蓄積し、今より二百年前、初代国王となるデリカナ・ハインブリッツ辺境伯による革命が勃発。
西の辺境より志を同じくした領民を引き連れて彼女は進軍し、その類稀なる交渉能力で殆ど武力を振るうこと無く西側領土を懐柔。五年を掛けて現在の領土とそれを治めるに必要な家臣を得たデリカナは、シェール神聖国にて大主教の立ち会いの下で独立を宣言した。
更に火種ともなっていた身分制度の在り方を変えるべく、家臣らと新たな国教を創り、今日の王国の体制を築いた。
ここまでの歴史において、クロスオルベ侯爵の存在は欠かせない。
そうと言うのも、デリカナと侯爵は乳兄妹であり一番の親友でもあった。
統治者としての才覚を持ちながら、唯単に女だからと内外に蔑まれてきた彼女にとって、性別も身分も関係なく本音で語り合えた侯爵は一番の理解者であった。
互いに切磋琢磨し、デリカナは辺境伯として見事に領地を豊かに治め、侯爵はその才で何度も世に貢献してきた。
しかし、帝国はそんな二人の功績を正当に評してはくれなかった。
領地が豊かになればなるほど不当に増していく徴税に自領民の生活は次第に厳しくなり、吸い上げられていく税を使って国は侵略戦争へと邁進。
そして、開発中であった魂授結晶を戦争の道具にされまいと抵抗した親友である侯爵は投獄の末、家臣と共に西果ての島へと流刑に処された。
そんな数知れぬ仕打ちに、積年の恨みも相俟って彼女は革命を決起。
結局、王国建国を目前にして侯爵は心を病んで自決し、デリカナとの再会を果たすことは叶わなかったと記録されている。
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