王国の歴史

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(…ランドルクは帰国直後にデリカナ女王と会っている筈。思念の揺籠に関する記載は…)  病棟の片隅、適当なソファに腰掛けてヴォクシスは医師アウラから貰い受けた手記に大急ぎで目を通していた。  当時、島に幽閉された侯爵とその家臣はどのような理由があっても島の外には出られなかった筈―――、それにも関わらず何故、思念の揺籠だけがクロスオルベ家本邸にまるで隠されるように置かれていたのか―――。  王城から程近くクロスオルベ侯爵家本邸からも近いこの病院を建てた彼ならば、思念の揺籠に関して何か情報を得ていた筈だと、カルディナの身に起きたことを把握すべく望みを掛けて文字を追った。 「ハインブリッツ大佐!」  その声にはっと我に返った。  見上げた視線の先には、西果ての島より呼び寄せたローバー中佐が駆け着けていた。 「迎えの飛行機、助かりました。それと思念の揺籠の件、分かりましたよ。侯爵が当時の皇帝キュリアスへの反抗として潜入していたスパイと共に送り付けていたようです。どうやら皇帝は侯爵夫人の遺体を返還せよと迫っていたようで…」  中佐は持ち寄った書類を差し出し、頼んでおいた調査の結果を告げた。 「どういう意味です?夫人の遺体というのは…?」 「まずとして侯爵夫人シャンティス・クロスオルベは、デュアリオンの開発中の事故で亡くなっていました」  その報告に耳を疑った。  調べによれば、デュアリオンの開発時には既に魂授結晶は宇宙に逃がされていたらしく、代わりとして結晶の試作品が入っていたらしい。  しかし、稼働実験の最中それが何らかの原因で暴走―――。侯爵の工房であった城を崩壊させ、島の三分の二を焼く大惨事となった。  この事故で侯爵夫人の他、研究員であった家臣の多くも犠牲となり、結果デュアリオンは開発中止に追い込まれたらしい。 「しかし何故、皇帝が侯爵夫人を?」  新たにそんな疑問を投げると、中佐はパチンと指を鳴らした。 「そこがミソです。シャンティス夫人はキュリアス帝の前の皇帝から侯爵に下賜された妃でした」  本日二回目の衝撃事実である。  どうやら侯爵自身が何らかの研究開発における報酬として彼女を所望したらしく、夫人も妃とは名ばかりで皇帝からの手付きもなく、只管に何かの研究をさせられていたとの事だった。 「まだ推測の域ではありますが、恐らくファルファランについてではないかと…」  そう中佐が話を続けていた時だった。 「ねぇ!何処なの〜?」  辺りに響く呼び掛ける声に、ヴォクシスは度肝を抜かれた。  大慌てで声の方へと駆け出し、そこに見つけた姿に息を呑んだ。  隔離病棟に居る筈のカルディナだった。  彼女はこちらに気付くや満面の笑みを浮かべながら駆け寄り、勢いそのままにどういう訳か隣のローバー中佐に抱きついた。 「こんなところにいたのね、ヴィクター!探したのよっ?」  聞き慣れぬ名前を呼びながら、カルディナは背伸びをして愛おしげにローバー中佐の頬を撫でる。 「ほら、早く行きましょ?レヴォルグ、お父様のこと探してくれてありがとう!」  そう言って彼女はヴォクシスに微笑み掛け、強引に中佐の手を引いて何処かへと歩き出す。  その様に中佐はどうしたことかと狼狽え、彼女の告げた名前にヴォクシスは閃いた。 「シャンティス・クロスオルベ…」 「ちょっと、急になぁに?母様のことを呼び捨てにして…!まだ反抗期なの?」  困ったように笑うその返事で、彼は全てを理解した。 「ほら二人とも!皆が待ってるわよ?やっとセルシオンの代わりが見つかった…の…に……」  そう言い掛けた所で、はたとその足が止まった。  その場に立ち尽くしたカルディナは、道に迷ったように辺りを見回す。  そしてその手が握る手の先を目で追い、キョトンと上官達の顔を見上げた。 「…私…何して…っ…」  そっとその手を離し、彼女は脅えながら何が起きたとばかりに後退りながら両手で顔を覆う。  その直後だった。  魂が抜けるように体が力を失い、その身が崩れ落ちる。  咄嗟に駆け寄った二人は、彼女を支えるように受け止めた。 「今のは一体…?何が起きて…」  ローバー中佐は呆気に取られた。  まるで彼女に見知らぬ他人が憑依したかのようで背筋が凍った。  中佐の問いに対し、憤りと悲しみを堪えるようにヴォクシスは深く溜息を吐き、その腕にカルディナを抱き抱えた。 「この子の中に居るのはクロスオルベ侯爵の妻、シャンティス・クロスオルベ夫人です。カルディナの精神を乗っ取られた…!」  そう彼は告げ、娘の身体が冷える前にと駆け足で病室へと引き戻った。
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