西果ての島にて

2/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
「ねぇねぇ、何で島の人は嵐とか病気のことをデュアリオンって言うの?」  仕事の隙間時間、改修工事を進める城跡にて、小学生くらいの子供達と花壇に薔薇の苗木を植えながら、以前から気になっていた事を訊ねた。  この島では方言にしても不思議な単語が多い。  幸運なことや吉報などを意味するファルファランに、助っ人や守り神を示すセルスィオン、病気や自然災害を意味するデュアリオン―――。知っているだけでもそれだけあるが、いまいち言葉の共通性に欠け、中々に覚えられずにいた。 「デュアリオンは世界を壊すから」 「セルスィオンの天敵で怖いからじゃない?」 「ファルファランを飲み込んじゃうもんね」  帰って来た返答は益々混乱を招くものばかりである。 「何、デュアリオンって鬼か悪魔的な?」  そう問いながら自分の放った言葉で思い浮かべたのは、上官であるハインブリッツ大佐であった。  内外に陸軍の悪魔と称されるだけあって、以前に重大な案件の報告が遅れた際には、電話越しだというのにその怒号に震え上がったほどである。 「そういやカルディナ姉ちゃんが聞かせてくれた御伽噺に出て来るよ。悪いドラゴンの名前だった」  不意に穴掘りを手伝ってくれている少年が告げた。  続けて他の子供達も思い出したのか、口々にその竜の御伽噺について教えてくれた。  どうやら島に伝わる星乙女伝説の続きらしく、内容的にはこうだ。  島で穏やかに暮らしていた星乙女と青年の子供達により、島を守る守護神として黄金の竜デュアリオンは創られた。  しかし、その存在を知った欲深い人間により竜は邪悪な存在に成り果てる。  沢山の犠牲を伴う激闘の末、星乙女の聖なる力で竜は元に戻ったが、戦いの傷により星乙女はこの世を去り、島の人々は悲劇を二度と繰り返すまいと竜デュアリオンを島の地中深くに封印したのだという。 (要するに、過ぎたるは及ばざるが如しって所かね…)  そんな風に解釈しつつ、手近な井戸で泥だらけの手を洗い流す。 「あら、結構進みましたね」  そんな声に振り返ると、秘書官のクーパー中尉が敬礼していた。 「この苗木、大量に送られてきた時はどうしようかと思いましたが…」  借り植えされている苗木から咲いた薔薇を愛でつつ、中尉は溜息混じりに呟く。  数ヶ月前になるが、ハインブリッツ大佐名義で都市国家ルノレトより大量の薔薇の苗木とガーデニング用品が送り付けられてきた。  添えられた指示書には、今回の奪還作戦の英雄――機械竜セルシオンの主であるカルディナ・シャンティス少佐が島に戻るまでに、城跡の中庭一面に苗木を植えて整備しておけとの司令が記されていた。 「大佐も中々粋なことをなさいますね。英雄の帰還をこのように彩ろうとは…」 「娘にしただけあって可愛いんだろうさ…」 「養女にさせたのは中佐ですけどね」  その指摘に思わず固まった。  正直その件が露呈した当時も、大佐に無茶苦茶に怒られて殺されるかと思った。  幸い二人の仲が良好で、後に起きたミラ妃暗殺未遂事件のゴタゴタもあって、それ以上のお咎めは回避されたが―――。 「それ言わないで…。これ以上しくじったら俺、大佐に殺される可能性デカいんだから…」 「だったら、しっかりなさってください」  ピシャリと突っ撥ねられ、しょんぼり。  給料アップと後方支援に回りたいが為、無駄に昇進してしまったのがいけないが、自身では今の役職は力不足この上ない。 「ローバー中佐!」  不意に轟いた大声に何事かと肩を揺らした。  城跡の内部修繕と調査に当たって貰っている士官だった。 「中佐、少々宜しいでしょうかっ?急ぎ、見て頂きたいものが…!」  息を切らせつつ、部下はそう言って何故か懐中電灯を差し出した。  何か、非常に嫌な胸騒ぎがした。
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!