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シャンティス夫人
それはカルディナの入院から五日目の朝のことだった。
いつものように病室に見舞いに来たヴォクシスは室内の乱れ具合に顔を顰めた。
初めはまたカルディナの研究没頭に拠るものかと思ったが、転がる書物はシャンティス夫人への聴取の為、軍が置いて行ったクロスオルベ家の記録ばかりだった。
「おはようございます。散らかして、ごめんなさい」
座っていたベッドから立ち上がり、挨拶するカルディナは何処か柔和な表情で頭を下げる。
その手には彼がアウラ医師から貰い受け、昨日の晩、彼女にこっそり渡していたクロスオルベ侯爵の次男ランドルクの手記の写しがあった。
「カルディナなのか…?」
「…この身体の持ち主は、カルディナさんというのですね」
その問いにヴォクシスは息を呑んだ。
目の前に居るのはシャンティス夫人である――が、その気配はこれまでとは異なっていた。
「この子のご家族でしょうか?」
自らの体を示し、彼女は訊ねる。
ヴォクシスは拳を握った。
「………、父親です。本人は認めてくれてないようですが…」
「成程…、それは酷なことをしましたね」
そう悲しげに微笑んだ夫人は、徐ろに壁に掛かっていたショールを手に取るとカーテンを開けて病室の窓を覗いた。
見えるのは病院の殺風景な中庭である。
「すみませんが景色の良い場所を知りませんか?そこでお話しましょ?」
困ったように眉を下げつつ、夫人は訊ねた。
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