クロスオルベの悲劇

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 それは幽閉から三年が経った時の事―――。  僅かに残った星の欠片の研究を皇帝から命ぜられたクロスオルベ侯爵は、唯一エルファの言葉を扱える彼女に興味を抱き、度々会いに来るようになった。  初めは警戒したシャンティス夫人であったが、溢れる好奇心のままエルファの文化を学び知ろうとする彼の真摯な姿に、次第に彼女は心を許し、気付けば恋に落ちていた。  そして、それは侯爵も同じであった。  二人は星の欠片の研究を盾に逢瀬を重ね、侯爵は他の研究開発で得た功績の報酬として、彼女の故郷であるエルファの島の所有権と彼女自身を所望。  彼女から興味を失っていた皇帝はあっさりと婚姻を承諾し、間もなくして侯爵は研究施設の名目で彼女の故郷の島に城を建て、そこで魂授結晶(セルシオン)の開発を開始した。  シャンティス夫人はその開発を手伝う傍ら、原則的には島に留まって残された伝統的施設を守る活動に励んだ。 「ヴィクターは独占欲が中々強くてね。私が皇帝の目に入るのが心底嫌だったみたい。帝国での作法をきっちり習わした癖に式典にも殆ど連れ立たなかったし、病気するか出産の時くらいしか島から出さなかったのよ?寄宿学校だったとは言え、子供達にも寂しい思いをさせて本当に困った人よね…!」  頬に手を当て、困り果てたように夫人は夫の愚痴を零した。  侯爵の記録にもかなりの愛妻家であったことは記されていたが、聞く限りだと最早、軟禁である。  世紀の変人と揶揄されるだけはあったらしい―――。 「まあ、私としても島の外には良い思い出がなかったし、皆がいたから寂しくはなかったのだけど…」  溜め息交じりにシャンティス夫人は告げ、不意にその表情を曇らせた。  信頼する家臣等に二人の息子にも恵まれ、平穏な日々を紡いでいた彼女であったが、侯爵との出会いから三十年の月日が経った時、その平穏が崩れた。  戦争に邁進していた帝国皇帝は近隣諸国との小競り合いに業を煮やし、侯爵に対して完成間際だった魂授結晶の軍事転用を要求。  侯爵はそれを拒絶したことで投獄され―――。 「帝国の使者が来てヴィクターが捕まったと知らされた時は、皆で泣き崩れたわ…、もう会えないとさえ覚悟した…」  シャンティス夫人は苦笑しながら、ショールを掛ける肩を抱き締める。  ヴォクシスはそっと己の外套を取ってその肩に掛けた。  さほど寒い訳では無かったが、項垂れるその姿を見ているのが辛かった。 「酷く痩せた彼と本邸にいた皆が島に流されて来た時は、悲しくもあったけれど安堵もしたわ…。皆、生きて会えたんだもの…、それだけで…ね…」  そう続けながら夫人は外套を見て会釈し、背筋を伸ばした。  彼女は少しだけ島での自給自足だけれど充実した生活の様子を伝えた後、問題のデュアリオンについて語り始めた。
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