クロスオルベの悲劇

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 究極兵器となったデュアリオンは開発当初、大型輸送用の魂授結晶の器として計画されていた。  クロスオルベ侯爵が幽閉された当時、時の皇帝は齢七十を超えており、近い未来にその崩御と共に幽閉を解かれることを目論んでの開発であった。  それが急転したのは幽閉から三年目のことである。  侯爵等の目論見通り、急病により時の皇帝が崩御して新皇帝キュリアスが即位。  しかし、キュリアス皇帝はクロスオルベ家の幽閉を解くどころか監視を強化し、更には魂授結晶の引渡しとシャンティス夫人の身柄を要求。  当然拒否した彼等であったが、帝国の武力行使も厭わない姿勢を目の当たりにした侯爵は、魂授結晶を奪わせまいと天へと逃し、島の防衛システムとしてデュアリオンの開発転換を余儀なくされた。  しかし、ここで問題が生じた。  デュアリオンは魂授結晶の器として作られた為、起動装置が無かった。  魂授結晶を新たに作ろうにも、先代皇帝の凶行により星の欠片は殆ど遺されておらず、彼等の手元にあったのは魂授結晶の開発過程で作られた試作品だけだった。  それ故に―――。 「だから私を核として起動するようデュアリオンは作り直されたの。それが思念の揺籠…。あの試作品には人工知能を載せられなかったから誰かが頭脳となる必要があってね…」  そう告げ、シャンティス夫人は自嘲気味に肩を竦めた。 「失礼ですが何故、貴女が…」  どうして、究極兵器の繰り手に選ばれたのか―――。  そんなヴォクシスの問いに、夫人は酷く悲しげに笑った。 「私が一番適任だったから。試作品の魂授結晶に入っていた星の欠片はとても不安定でね…。ヴィクターは開発のリーダーだし、息子や家臣の皆に危険な真似はさせたくなかったの。何より、私が一番エルファの言葉を使い慣れていたから…」  そう答えて間もなく夫人は肩を落とし、静かに目を伏せると悲痛に眉間に皺を寄せた。  もしあの時、開発を急かなければ―――。  それは今となって思えば、防げたかも知れない悲劇だった。  帝国の圧力が日増しに強まり、クロスオルベ家は追い詰められていた。  本当ならば、入念な検査確認と検討の上で行うべきであったデュアリオンの稼働実験を、その運命の日、半ば見切り発車で行ってしまった。  そして、その結果―――。 「稼働から間もなくして、試作品のファルファランの結晶が爆ぜてしまったの。私は弾けた結晶の衝撃波と破片をもろに浴びて致命傷を負い、その所為でデュアリオンの自己防衛システムが予期せず作動…、後は記録に残っている通り…」  淡々と語りながらも彼女は、生々しく記憶に残る痛みの感覚に顔を歪めた。 「私の記憶が思念の揺籠に残留したのは、きっと過去の悲劇を繰り返さぬ為の天啓でしょう。デュアリオンは魂授結晶(セルシオン)とは異なり、魂を持たぬ器に過ぎません…。念の為に血縁制御システムを搭載しましたが、遣い手によっては容易く恐ろしい破壊兵器に成り果てます」  警告するようにシャンティス夫人は過去の惨事を話し、徐ろにベンチから立ち上がった。  秋の花が彩る草深い芝地に佇んだ彼女は、悲しみを湛えた笑みを浮かべて、ヴォクシスへと振り返った。 「どうかカルディナさんに伝えてください。体を借りて申し訳無かった。私の想いを伝える時間をくれてありがとう、と…」  それは別れの言付けだった。  そっと胸に手を当てた夫人は目を伏せて何かを囁やく。  そして、一筋の涙が頬を伝った。 「私の想いは貴方方に託します。どうか、クロスオルベの悲劇に終止符を…」  そう告げたのを最後に、その身から魂が抜けるように体が力を失った。  崩れるように倒れる彼女を咄嗟に駆け寄ったヴォクシスは受け止め、その腕の中に抱き寄せた。 「…また託されてしまったな」  そう呟きながらカルディナを抱え、病室に戻ろうとした時だった。  不意に瞼を開けた彼女は、ヴォクシスの顔を見るや安心したのか泣き出して、その胸に抱きついた。 「カルディナ、大丈夫かい?」  背を擦りつつ、彼は宥めるように声を掛けた。  カルディナは小さく頷きながら、悲しい夢を見ていたと告げ、彼と同じくシャンティス夫人から想いを託されたことを話した。
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