皇女の自白

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皇女の自白

 王城内の一角にある幽閉塔は、王国が建国される以前から存在し、国家反逆に問われるような重罪を冒した王侯貴族を収容する難攻不落の牢獄として知られている。  しかし、国内情勢が比較的安定している今では、めっきり使われなくなって久しく、管理清掃以外の目的でその塔の扉が開かれたのは凡そ二世紀振りであった。 「クロスオルベ侯爵の収監以降、ずっと閉ざされていた場所に貴女が収容されることになるなんて…、因果応報とでも言うべきかしらね…」  そんな言葉を吐きながら紅茶を口にするのは王太子シルビアである。  彼女と対面するように尋問の席に座らされたサニアス帝国皇女セリカは、尚も毅然と黙秘を貫いていた。 「そろそろ話したら?何故、貴女が自らの手でカルディナを拉致しようとしたのか…。そして二十年前の真相をね」  カップをソーサーに戻して、砕けた口調で訊ねる。  けれど、皇女はまるで鍵を掛けられたかのように頑なに言葉を噤んだ。  流れる沈黙に、シルビアの茶器の音だけが響く。 「………、本当はこの手は使いたくなかったんだけど…、仕方ないわね」  痺れを切らしたように呟き、徐ろに腰を上げた彼女は唯一の出入り口である扉の前で警護に当たっている士官に頷き、合図を送った。  その指示に士官は扉をノックし、外から扉が開かれる。  そうして入ってきた軍服姿に皇女は息を呑み、堪らず席から立ち上がった。 「…念のため、同席させて貰うわよ?」  席を譲りつつ、シルビアは士官等が即座に用意した席に腰掛け直す。  腰に差したサーベルを避けつつ入れ替わるように尋問席に腰掛けたのは、王国陸軍大佐ヴォクシス・ハインブリッツであった。 「ご着席頂けるかな?」  温度のない言葉使いに、その顔が引き攣る。  同時に着席を促した女性士官に肩を押され、セリカ皇女は半ば強引に元いた席に戻された。 「ヴォクシス…」  敵意すら感じる視線に、皇女は縋るようにその名を囁いた。  けれど、彼は呆れたように溜息を零すや、気安く呼ぶなと冷徹に言い放った。 「貴女がどう思っているかは存じ上げませんが、私は今やハインブリッツ王家の一員です。身の程を弁えて頂けるかな?」  ナイフのように鋭い警告に、セリカ皇女は返す言葉を失った。  積年の想いとは裏腹に、目の前の彼は悪魔のように恐ろしかった。 「……ごめんなさい…」  やっとの思いで出てきたのは謝罪の言葉だった。 「それは何に対する謝罪ですかな?」  機械的に首を傾げ、ヴォクシスは冷たい微笑みを浮かべる。 「あの日、貴方を置いて行ったことをどれ程…」 「私に対する謝罪ならば結構です。時間の無駄ですから」  訳を話す間もなく、ヴォクシスは怒り混じりの声で突っ撥ねた。  徐ろに席から立ち上がった彼は、ゆっくりと怯える皇女の傍らに迫り、威圧するかのように視線を落とした。 「それとも…、謝れば全てを赦されるとでも?この際ですから、はっきり申し上げておきます。今更、遅過ぎるのですよ。貴女が帝国の宮殿で悲劇のヒロインを演じている間、私は片腕を潰され、貴女の兄が仕向けた戦争で多くの仲間を殺され、挙げ句にはこの両足と同時に最愛の妻と生まれて来る筈だった娘を失った…!」  淡々とした口調を維持しつつも、その罪を見せつけるかのように機械義肢を覆う手袋を外し、込み上げる怒りを吐き出すようにその掌でダンっとテーブルを叩き付けた。  衝撃にカシャンと茶器は跳ね上がり、ミシリと鈍い音を立てたテーブルは、その手の形を残すようにめり込んだ。 「この二十年の苦しみが貴様に解るのか?この痛みが貴様の謝罪程度で消せるとでもっ?私だけじゃない…、この場の全員が貴様等の茶番に仲間や家族を殺され、掛け替えのない時間を失ったのですよ?」  背後に回って言葉を続けながら、ヴォクシスは皇女の周りを一周するように席へと戻った。  その目には、溢れ出した激しい憎悪を湛えていた。 「ヴォクシス、冷静に」  釘を刺すようにシルビアは言い放った。  殺したいほどに皇女を憎んでいることは、その様を見れば明らか―――。故に、事無きようにと静止を掛けた。 「失礼…」  そっと目を伏せ、溜息混じりに彼は告げるや深呼吸した。  冷静さを欠いては事を見誤る―――。  己を律し、陸軍大佐の自分を思い出した。
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