秘されてきた物

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 いつもの如く立ち寄った、セルシオンの戦闘用ボディを保管している第二格納庫にて、盛大な笑い声が響く。  学友達からの間違った方向の期待に関して、集っていた士官等に怒り混じりに話してみれば案の定、彼等は笑い飛ばしてくれた。 「なんか盛り上がってるね?」  そんな言葉を添えて迎えに来た大佐に皆が敬礼する中、カルディナは不貞腐れた顔でフンッ!と顔を背けた。 「えっ…、何で拗ねてるの?」  突然の不機嫌に大佐は面を食らった。  顔を合わすのは、何だかんだで一週間ぶりになるので、何がどうしたのかと慌てふためいた。 「まあ、これはあれだ。思春期の洗礼って奴だな」  笑いを堪えながらも居合わせたランドル大尉は告げ、失笑と共に皆が一様に頷く。 「…思春期……」  その言葉を咀嚼し、大佐は柄にもなくしゅんとした。 「折角、仲良くなったのに…」  さもパパは寂しいと言いたげな視線に、カルディナはキッと大佐を睨んだ。  そんな彼女に周囲は暖かく笑うばかりである。 「で、要件はなんです?モーヴ中尉達まで呼び出して…」  気を取り直して、早くしろとばかりにカルディナは問い質す。  単刀直入な切り出しに大佐は不意に溜息を零すと、士官の彼等に一旦席を外すよう指示した。  瞬く間に大佐と二人きりになり、何とも言えない静けさが辺りを包む。  ―――何やら空気が重い。  思い返してみれば、ここに来た時からいつもと皆の雰囲気も少し違う気もしていた。  勘の鋭い心臓が警鐘を鳴らすように脈を早めた。 「実は、これからクロスオルベ侯爵の本邸に行くことになってね。それに当たって、いくつか聞きたいことがある」  そんな前置きの上で、大佐はいつになく真剣な視線を向ける。  いつもとは違う鋭い眼差しに、何故か背筋が冷えた。 「カルディナ、万物の語り部(シエンティア)を知っているかい?」  その問いに彼女は衝撃のあまり目を剥いて息を呑んだ。  それは島の人間の間でのみ語り継がれ、秘匿されてきた筈の存在だった。 「セリカ皇女を尋問する中で、サニアス皇帝が魂授結晶と共にそれを探し求めている事が分かった。皇女曰く、侵略を図ったのもそれが理由らしい」  淡々と大佐は告げ、思わぬ情報の出処にカルディナは恐怖にも似た感覚を覚えた。  俯きながらジワジワと震え出す指先を隠すように、祈るように手を組んだ。 「……万物の語り部(シエンティア)は私のことです」 「何っ?」  思わぬ回答に大佐は眉を顰めた。  己を奮い立たせるようにカルディナは組んだ手の力を強め、言葉を続けた。 「両親から聞いた伝承では…、万物の語り部(シエンティア)とは白の竜(セル・スィオン)を従える者のことだと…、私とセルシオンの存在によって、大いなる力が目覚めてしまうと…っ…」  そう答えて間もなく崩れるように座り込んだ彼女に、大佐は膝を折ってその背を擦った。  彼女自身も帝国に狙われていたことを知って、シェール神聖国での襲撃の恐怖を思い出した。  もし、あのまま誰も助けに来てくれず攫われていたら―――、今頃、どんな恐ろしい目に遭っていたかと思うと足が竦んだ。 「大いなる力というのは、もしかして天地喰らう者(デュアリオン)のことかい?」  さり気ないその問いに、度肝を抜かれた。  何故、貴方がその名を――その存在までも知っているのか。  それは島に居た頃、好奇心のまま先祖の資料を漁る内に己のルーツと共に見つけてしまった忌むべき存在であり、先祖クロスオルベ侯爵の傑作、魂授結晶(セルシオン)を守護の力とするべく創り出された究極兵器―――。  魂授結晶(セルシオン)を悪用せんとする権力者とその軍勢を退かせるべく故郷の島の防衛システムとして開発され、その過程で起きた悲劇により、未完成のまま島の城跡の地下深くに封印された。  以来、その存在は島外の人間には決して他言してはならないと代々言い聞かせられ、今やその名は不吉を意味する日常の単語、もしくは星乙女伝説の続きとして密かに語られるだけとなった筈だった。 「先んじての聴取は終わったか?」  その声にカルディナは弾かれるように顔を向け、集った姿に背筋を凍らせた。  マーチス元帥他、幾人かの参謀本部の将校と王太子シルビアだった。  そして、同時に戻ってきたモーヴ中尉等の傍らには特別仕様のゲージに入れられ、怒り狂うセルシオンの姿があった。  宿舎で留守番をさせていた筈なのに何故ここに―――。  その問いに答えるようにモーヴ中尉は頭を下げた。 「シャンティス少佐、申し訳ありません。宿舎に入らせて頂きました。急を要した為お許し頂きたい…」  その言葉に今、自分が置かれている状況を理解した。  理解した途端、こちらを見つめる全ての目が途轍もなく恐ろしくなった。 「カルディナ、貴女の力が必要なの。ランギーニの計画を阻止するためにも、貴女の先祖達が創り出した究極兵器の全貌を明らかにしなければなりません」  そうシルビアが告げたのを合図に、士官等がカルディナを取り囲む。  座り込む彼女を引き起こす無数の手は、酷く不気味に見えてならなかった。
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