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(シンガポールには、もっとスタイル良くて可愛い子なんてたくさんいるでしょ。私のことなんていつか忘れる……)
葵の鼻の奥がツンと痛み、目の前が熱くなっていく。下を向いてはいけない。上を向け。そう命じて何とか一歩を踏み出して歩いていく。その時だった。
「先生」
声をかけられ、葵は「はい」と笑みを浮かべながら振り返る。そこには、先程授業をしたクラスの女子生徒がいた。
眼鏡をかけた彼女は落ち着きなく目を動かしているものの、制服をきちんと着こなし、真面目な性格なのだとわかる。その女子生徒は積極的に授業中に手を挙げることはないものの、課題などの提出物は期限内にきちんと出し、板書もノートも人一倍綺麗に書いているため、葵はあのクラスと聞くとこの生徒が真っ先に思い浮かぶ。
「どうかしましたか?」
葵が訊ねると、女子生徒は「その、誰に話せばいいのかわからなくて……」と言いながら後ろ手に回していたあるものを葵に見せる。それは一冊の本だった。しかし、それはただの本ではない。
(この本……まだあったんだ……)
それは、かつて自分と翔太が「好きだ」と話していた『桜屋敷で会いましょう』だった。
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